(月刊「エネルギーレビュー」2008年1月号掲載)

 米印原子力協力の今後と日本の対応

  〜独自判断でもっと積極的に対処せよ!

                              金子 熊夫

                              外交評論家

                       エネルギー戦略研究会会長

◆はじめに

米印原子力協力問題は非常に複雑な経緯と背景があり、しかも後述するように、現時点(200711月半ば)でもかなり激しい動きがみられる。従って、この問題を正しく理解するためには、先ずこうした長い経緯と背景についてしっかりした知識を持っておくことが是非とも必要である。

たまたま最近(1113日)原子力委員会が「インドをめぐる国際的な原子力協力の動きにかかわる現状」(注1)と題する便利な資料を発表したので、詳しいことはそれに譲って、ここでは紙面の許す範囲内でごく簡単に基本的な事実をおさらいしておこう。また、筆者自身の考えは、拙著「日本の核・アジアの核」のほか、この2,3年の間に多数の新聞、雑誌上に発表されているので、それらをできるだけ併読していただければ幸いである。

◆インド原子力問題の歴史的経緯

日本では一般にあまり知られていないが、インドは、アジアで最も早い時期に原子力開発に着手した国である。インドの「原子力の父」と謳われ、初代の原子力委員長を務めたホミ・バーバー博士がインド独立(1947)以前から国内で原子力研究開発を開始しているから、日本より10年も早い。当初は、核廃絶・核軍縮に熱心だったネール首相(初代)の指導下で、原子力平和利用に徹していたが、1960年代の2度の中印戦争に惨敗したこと、しかもその中国が1964年に核実験に成功したことから、安全保障上の必要に迫られて独自の核抑止政策を選択するに至った。

そのため、1970年に発効した核拡散防止条約(NPT)については、とくに中国が他の4カ国(米、ソ連、英、仏)とともに「核兵器国」として特権的な地位を認められている点において、本質的に差別的条約であるとして、これに加盟することを拒否、

ガンディ政権時代の1974年に最初の核実験を行った。その結果、インドは国際社会から村八分的な扱いを受け、原子力分野の国際的な交流を絶たれた。原子力供給国グループ(NSG)は、まさにインドの核実験を契機として1978年に結成されたもので、NPT非加盟国への原子力輸出を禁止しており、インドは真っ先にその適用を受けた。その後1998年に至りインドは2回目の核実験を行い(このときは直後にパキスタンも核実験を実施)、その結果日本を含む世界各国から経済的制裁措置を科されることになった。

 しかし、2001911日の同時多発テロ事件を契機に米国がアフガニスタンやイラクで「テロ戦争」を始めるや、その過程でインドの支援を必要としたため、米国はそれまでの対印関係を一変し始めた。この政策転換の背景には、上記事情のほかに、近年におけるインドの目覚しい経済発展(米国の原子力産業にとってもそれだけ魅力的になった)、エネルギー安全保障と地球温暖化対策としてインドの原子力発電拡大の必要性、さらに強大化する中国への牽制等々、双方の思惑や利害関係も複雑に絡んでいると考えられる。インド側にも、後述するように、米国との原子力関係を促す種々の要因がある。

◆米印原子力合意(2005)以後の動き

 かくして、米印は戦略的パートナーシップ関係を強化する大きな流れの中で、20057月、民生用原子力の分野での協力関係を構築することを、ワシントンを訪問したマンモハン・シン首相とブッシュ大統領との間で合意。これを受けて翌063月には、ニューデリーを訪問したブッシュ大統領とシン首相の間でさらに進んだ合意を成立させた。とくにこの合意では、インドが米国から原子力協力を受ける代価として、自国内の民生用原子力施設(既存の再処理施設、高速増殖炉研究施設などを除く)に国際原子力機関(IAEA)の保障措置・核査察を受け入れることを約束し、その前提として軍事用と民生用を区別する計画(Separation Plan)を定めた。

 他方、米国内では、核拡散防止を重視する民主党議員を中心に、この米印合意に反対する意見も強かったが、ブッシュ政権による懸命な説得が奏功して、200612月には、NPT非加盟国との協力を禁止する原子力法を改め、インドとの原子力協力を可能にするための特別法(ヘンリー・ハイド法)が上下両院の圧倒的多数の賛成で制定された。ただし、同法には、インドが将来核実験を再開した場合の取り扱いなど、微妙な点も種々含まれており、実際の協定案ができた段階でもう一度議会の承認を得ることになっている。

以後数ヶ月に渡る外交交渉の結果、20077月には米印原子力協力協定案が作成され、公表された。この協定案をベースに、今後インドはIAEAとの間で特別の保障措置協定を締結する、他方米印両国は、この協定案をNSGに提示した上で、インドの特例化につきNSG加盟国(45カ国)の承認を得る、そして最後に米国議会の再承認を受ける、という手順になっている。

◆思いがけない左翼政党の反対

ところが、20077月に協定案が公表されるや、インド国内で、とくに政権与党の国民会議派と連立(閣外協力)を組むインド共産党など、元々反米色が強い左翼4党から猛烈な反対が飛び出た。理由は、この協定案が、核実験の再開などに関し過度に米国に発言権を認めており、インドの外交上の自主性が損なわれる恐れがあるということである。

この点は、協定案の規定上必ずしもはっきり書かれているわけではなく、むしろ実際に核実験が行われた場合には、インドへの核燃料等の供給が自動的に断絶することのないよう、普段からインドの戦略備蓄を支援するとか、第3国による燃料供給を図るなどの政治的な配慮が加えられる形になっている(協定案第5条)。この点は現行の日米原子力協定にもない規定だ。シン首相自ら8月13日の議会演説において「協定はインドが将来的に核実験を行う権利に全く影響しない」と述べているくらいである。しかし共産党などはこれでは不十分であり、インドの主権が犯される恐れがあるとしている。

さらにインドは、例えば、米国と敵対しているイランとも、石油の輸入(将来はパイプラインでパキスタン経由でインドまで持ってくる計画あり)などで良好な関係を保持する必要があり、米国の外交路線とは一定の距離を置かざるをえない場合もあるだろうが、こうした点を含めて、大統領はインドの協定上の義務履行状況について米議会に対し定期的に報告する義務がある(ハイド法)ので、こうした面からも米国政府の掣肘を受ける恐れがある、と共産党はみているようである。

このような、いわば身内からの思いがけない反対で、折角協定案がまとまったのに、協定案を発効させるための手続き、特に当面のIAEAとの保障措置協定交渉にも入れない状態が3ヶ月ほど続いた。共産党など左翼4党は、シン政権が勝手にIAEAとの交渉を開始すれば、連立関係破棄も辞さないとしたので、シン政権としては連立崩壊により議会での多数を失い、解散、総選挙となるのを避ける道を選ばざるを得なかった。シン首相自身、10月半ばにはブッシュ大統領に電話をかけ、協定案は当面棚上げにせざるを得ない旨伝えた。他方、ブッシュ政権としては、イラク問題などで人気が低迷する中、米印原子力合意は貴重な「外交上の成果」として重視していただけに失望の色を隠さなかった。

ようやくIAEAとの交渉が開始

ところが、11月半ばに至り、突如共産党が態度を軟化し、IAEAとの交渉開始に反対の姿勢を撤回した。ただし、どのような保障措置協定になるか心配なので、協定案がまとまっても勝手に署名せず、必ず共産党にもう一度検討する機会を与えるという条件付である。(ちなみに、左翼政党の突然の態度変更の背景には、解散・総選挙が2008年中にもあると見られる中、左翼が米印協定を潰しにかかっているとの印象を与え続けるのは賢明でないという判断のほか、彼らが政権を握る西ベンガル州で起きた工場用地買収を巡る暴動で責任を問う声が出ていたことなどがあるとみられる。)

かくして、インドとIAEAとの交渉がようやく開始し、協定案発効に向けた動きが再開したわけだが、現時点(20071120日)で予想される限り、今後万事順調に進行するかどうか、判然としない。IAEAとの交渉は比較的短時間で終了しても、その後でNSGによる審議が控えており、45カ国すべての同意を得ることは容易ではあるまい。すでに英、仏、露などはインドの特例化に支持を表明しているし、中国も必ずしも反対とは考えられないが、北欧などの核不拡散に熱心ないくつかの国は反対ないし消極的な態度を変えていない。さらに、2008年に入ると米国で大統領選挙戦が本格化し、議会が米印協定を再審議する時間的余裕がなくなるし、ブッシュ政権のレイムダック化が進むことなどを考えると、決して楽観を許されない。

◆注目される日本の出方  

こうした状況の中で、NSGの最も古くかつ有力なメンバーの1つであり、しかも「唯一の被爆国」として厳格なNPT重視政策を守りつづけてきた日本の出方がとりわけ注目を集めている。国内には、NPT非加盟のインドを特別扱いすることはNPT体制の崩壊につながるとして、これに強く反対する意見が大多数と見られる。これは一般のマスメディアが、インド問題の本質を十分国民に説明せず、いたずらに国民の反核感情に迎合するかのごとく、インド=NPT非加盟=悪い国という単純かつ偏った報道を続けていることによる面が多いと思われる。

インド問題は、単なる原子力とか科学技術問題の域を越えた、高度に政治的、戦略的な判断を要する問題であり、従って国の最高レベルでの政治的判断が不可欠である。その意味で、小泉、安倍両氏は、この問題について概ね適切に対処してきたと言ってよい。シン首相やブッシュ大統領の度重なる支持要請に対しては、「諸般の動きを勘案しつつ目下検討中」との回答に止まりながら、インドにとっての原子力の必要性やインドの地政学的な重要性には理解を示し、将来に含みを持たせる発言を繰り返してきた。安倍首相の訪印(8)には200余名の財界人が同行した。その安倍氏が突如退陣したのは確かに大きなマイナスであるが、福田首相が前任者の立場をしっかり継承することを期待してやまない。

さて、今後の日本の対応についてであるが、この点については、筆者は過去20年間一貫して主張してきたように(注2)、日本は、米国追随ではなく独自の判断で、対印原子力協力に積極的に対応すべきであると考えている。なぜ日本にとってインドとの関係が大事か、原子力協力が必要か、についてはすでに色々な機会に私見を詳しく述べてあるので(注3)、ここでは敢えて繰り返さない。なお、これらの点については、2007314日に開催された原子力委員会・国際問題懇談会の第3回会合で明らかにした筆者の意見が同委員会のホームページに掲載されているので(注4)、それをも適宜参照願いたい。

そこで、ここでは、いままで筆者があまり触れなかった、次の2つの論点に絞って私見を申し述べておきたい。

◆米印合意は核不拡散体制を崩壊させるか?

  米印原子力協力に反対する人、とくに日本人の中には、これを容認すると一気にNPT体制が崩壊し、必然的に核拡散のドミノ現象が起こるという意見が多いようだが、果たしてそうだろうか。はっきり言って、NPTは発効後37年経ってすでに相当形骸化している。核兵器国による核軍縮義務を定めた第6条はいわずもがな、

原子力平和利用の「奪い得ない権利」を定めた第4条も、イラン問題で明らかなように、問題が多い。北朝鮮のように、勝手にNPTから脱退したりする国もある。だからと言って、NPTは核兵器と核不拡散に関する唯一の実定国際法であることに変わりはなく、たとえ形骸化しても全く無意味、無用になったわけではなく、できる限りこれを強化し、維持すべきであることは勿論だ。

 しかし、米印合意によりインドを特例化したから直ちに核のドミノ現象が起こると言うのは正しくない。そもそも、日本を含め多くの国の場合、非核の選択をしたのはNPTだけのせいではない。自国の安全保障上核は必要ないか、あるいはかえって有害無益だと判断したからNPTに加盟したのであって、今仮にNPTが無くなっても直ちに核兵器の製造に走るわけではない。また、多くの国は地域的な非核化条約によってすでに自らの手を縛っている。他方、核武装の野心を抱く国は、NPT加盟国であっても、IAEAの目を盗んで悪事を働くことは不可能ではない。遺憾ながら、これが世界の現実である。

 インドの場合は、前記のように、自らの安全保障上(とくに対中関係上)最初からNPTに加盟せず、独自の路線を歩み続け、しかも核不拡散にはどの核兵器国よりも(パキスタンなどへの核援助で知られる中国よりも)はるかに真摯に対応してきている。このことはIAEAのエルバラダイ事務局長ほか、米国でさえ認めている。そのようなインドを、NPTの枠外であっても、引き続き国際的な核不拡散体制の中に取り込むことの方がはるかに現実的である。逆に言えば、インドを疎外し続けても、現状は全く改善しないだろう。

 さらに言えば、日本は原子力は平和利用に徹しながら、他方で米国の「核の傘」に依存する政策を堅持しているが、インドは中国、パキスタンとの関係など、全く異なる安全保障環境にある。このことを棚に上げて一方的にインドの核政策を批判しても、説得力を持たないことを知るべきだ。

◆日印原子力協力のあり方:もっと多角的な議論を

 ということであれば、日本はいつまでも「唯一の被爆国」、NPT体制の模範生として原理主義的な硬直したNPT至上主義を脱して、積極的にインドの国際原子力社会復帰に力を貸すべきである。それは、インドのエネルギー事情の改善にも約立つし、インドのCO2排出削減にも大きく貢献するだろう。

 この際、日本は発想を転換し、米印原子力合意を積極的に支持するのみならず、さらに一歩進めて、日印原子力協力をも出来るだけ推進するべきである。それが明治以来常に親日的であったインドの友好に報いる道でもあり、強化された日印関係は、今後の日本の対アジア外交の幅を広げることにも役立つはずである。

 手始めに、インドの専門家に対し、希望があれば日本の原子力施設を出来るだけ見せるべきであり、研究協力(とくにFBRやトリウム利用など)も出来るだけ進めるべきである。現在のように、全く没交渉(少なくとも政府レベルでは)というのはあまりにも非現実的で、愚劣な政策である。ついでに、原子力委員会は、アジア原子力協力フォーラム(FNCA)などにもインドを迎え入れるべきだ。民間レベルの世界原子力運転者協会(WANO)がやっているのだから出来ないはずはない。

  もう一点、ついでに言えば、日本の原子力メーカーあたりは、台湾への原子力輸出方式にならって米国のひさしを借りて(例えば東芝がウェスチングハウスのブランドで)対印輸出をすればよいという安易な見方があるようだが、実際に90%以上日本製の原子炉を輸出するには正式の日印協定が必要だ。メーカーは日印協定の締結をもっと強く政府に迫るべきだ。民間の声が弱いから政府(とくに外務省)は中々動かないのである。

 いずれにしろ、日本はこの問題にもっと前向きに対処するべきだ。間違っても、近い将来NSGでインド問題が議論される際に、日本だけが反対するとか、孤立するという事態だけは絶対に避けなければならない。このためには、日本国内で、この問題をもっと政治的、戦略的視点から多角的に議論する機会を作る必要がある。繰り返すが、この問題は、単に原子力とか科学技術の狭い視点から論ずべきものではないことを肝に銘ずべきである。



(注1)  http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/mondai/

(注2)拙著「日本の核・アジアの核」(1997年、朝日新聞社)、第4章参照。

(注3)「対中外交に備え日印関係を強化せよ」(時事通信社・世界週報、2005215日号)

     「日印原子力協力の実現に向けて:何故日本にとってインドとの原子力協力が重要か?」(原子力eye20073月号)

   「核不拡散と平和利用:歴史的視点で大局を俯瞰せよ」(エネルギーレビュー、20074月号)

(注4) http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/mondai/siryo/mondai04/siryo8.pdf