内閣総理大臣 鳩山 由紀夫 殿             20099月27日

拝啓  

第93代内閣総理大臣ご就任、誠におめでとうございます。

貴内閣は「官僚主導から政治家主導へ」、さらに「国民の目線での政策決定」という高い理想を掲げてスタートされました。私ども国民として新内閣に対する期待は極めて大なるものがあります。

とくに当面の緊急課題であるエネルギー・環境・温暖化対策につきましては、民主党のマニフェストおよび政策集には、「エネルギーの安定供給体制を確立する」とともに「地球温暖化対策を強力に推進する」として、二酸化炭素排出量削減のために非常に野心的な目標を掲げておられます。「1990年比25%削減」の中期目標は、9月23日の国連主催気候変動サミットにおける貴総理の演説で、正式の国際公約となりました。

もとより私どもとしましても、温暖化問題で国際的なリーダーシップをとろうとする新内閣の意気込みは評価するものですが、掲げる目標が厳しいものであればあるほどそれを達成する政策と手段は実現可能性の高いものでなければなりません。その点において私どもは一抹以上の不安を感じざるを得ません。

私どもは、資源的にも国土的にも制約の多いわが国において、国民の生活の質を犠牲にすることなく、自らの生存の基盤であるエネルギー安全保障(自給率拡大)確保しつつ地球温暖化防止へ貢献するという2大目標を同時達成する最善の道は、最大限の原子力の活用以外になく、それをはっきり国のエネルギー政策の根本に据えるべきであると確信いたしております。

よって、以下に、私どもの率直な考えと提案を申し述べますので、今後国の政策決定に際しては是非とも十分にご参考にしていただきたいと存じます。

終わりに、貴総理の一層のご健勝と新内閣のご成功を心から祈念申し上げます。

                                    敬具 

提言者代表 

金子  熊夫     エネルギー戦略研究会会長、EEE会議代表
竹内  哲夫  日本原子力学会シニア・ネットワーク連絡会会長
林   勉   エネルギー問題に発言する会 代表幹事

(共同提言者全員77名の氏名は提言書の末尾に明記されています。)

                     政策提言>

1.原子力抜きではエネルギー安全保障も温暖化対策も到底成り立たないことを総理自らの言葉で直接国民に語りかけていただきたい

貴党は政権公約として、エネルギー安全保障の確立は国家としての責務であり、現在僅か4%、原子力を含めても16%に過ぎないわが国のエネルギー自給率を2100年には50%へ向上させるとの長期目標を掲げておられます。また安全性確保を前提とした原子力利用の促進に着実に取り組むと宣言しておられます。他方、地球温暖化対策の推進にも高い目標を掲げ、今後国際的に主導的な外交を展開するという並々ならぬ決意を表明しておられます。

再生可能エネルギーの代表である太陽光発電について、前政府の説明によりますと、現状の10倍に当たる1,400kWの太陽光発電の導入に9兆円の負担がかかると説明されております。これと同量の電気を原子力で発電するとすれば、稼働率の違いを考えると(原子力発電の稼働率は太陽光発電の約7倍)180kW級発電所1基強の増設で十分であります従って、電力会社の数千億円程度の負担で済み、国民に過重な負担をかけることなく安価な電力が供給できます。実際問題として前政権が掲げた、2020年までに2005年比15%削減するという目標の内、削減量の約40%は運転中の原子力発電所の稼働率向上(70%81%)と9基の新設によるものでありました(添付資料をご参照下さい)

このように、エネルギー安全保障及び地球温暖化抑制の両面から、原子力発電の効果は非常に大きいものであることは明らかで、先刻ご高承のところと存じます。しかるに、遺憾ながら、従来このような原子力の役割については国内のマスメディアはほとんど全く語ろうとせず、政府も政党も必ずしも十分明快に国民に対し説明して来ませんでした。

国民の目線に立った政治を掲げ、国民との対話の重要性についてご理解の深い貴党であるが故に敢えて申し上げます。国民の幅広い理解と支持を得るために何にも増して重要なのは、国の最高指導者たる内閣総理大臣自らがご自分の言葉で、原子力発電の必要性とその重要な役割について国民一般に、とりわけ立地地域住民に率直に話しかけていただき、それにより、官民が一丸となって原子力拡大に取り組む態勢を強化することであると考えます。これこそ「政治家主導」のあるべき姿と申せましょう。貴総理の明快なご発言と断固たる指導力を強く期待するものです。

2.原子力推進のための強力な体制作りと合理的な施策・措置が急務であり、今こそ大胆な改革を断行していただきたい

民主党のエネルギー基本政策として、エネルギー安全保障確立のため、長期的な国家戦略を確立・推進する機関を設置し、一元的なエネルギー政策を進める体制を敷くことを宣言しています。また、原子力安全規制を一元的に行う機関の創設を謳っています。

(1) 原子力については先ず規制と推進の体制の問題があります。現在、両組織とも、経済産業省に属しておりますが、これが立地自治体から信頼を得られない状況を作り出し、立地自治体でも独自に技術的検討を行うなど過重なプロセスを生み出しています。この対策としては、貴党が提案しておられるように、現在の原子力安全委員会に代えて、新たに「原子力安全規制委員会」を国家行政組織法上の第3条委員会として創設しこの中に現在の原子力安全・保安院の原子力関連部門を合体させることが重要であり、是非ともこの実現を図っていただきたいと考えます。

(2) 次に、国と自治体が十分に協調できる体制を作ることが重要であります。国は全面的に原子力施設の安全を確保する責任を負い、地方自治体はそれを尊重しつつ、自治体としての要求を国の政策に適切に反映できる体制とすべきであります。そのためには、国の原子力政策決定に関係する諸機関、委員会等(上記の「原子力安全規制委員会」を含む)に関連自治体の代表が参画する体制とすることが必要不可欠であると考えます。

(3) さらにエネルギー問題と環境問題は本来切っても切り離せない関係にあり、これを一体として捉え対応策を検討することが必要です。現状では経済産業省と環境省で分かれた対応となっており、統一的な対応策がとられていないという問題があります。この点を抜本的に改善するために、新たに内閣総理大臣直属の「エネルギー・環境問題国家戦略会議」(仮称)を設置し、この中で原子力の重要性を明確に位置づけ、その上で、国民の受容性向上に向けた効果的な政策を展開していただきたいと考えます。

                                                     以上

2009年9月27日

 

 

 

 

 

 

<ご注意>

この政策提言についてのご返事、またはお問い合わせ等は下記へお願いいたします。

      エネルギー戦略研究会 会長 金子熊夫

            電話:03-3421-0210;  E-mailkaneko@hyper.ocn.ne.jp


提 言 者               (50音順)

天野 牧男  元(株)IHI

荒井 利治  元

池亀 亮   元東京電力副社長

石井 正則  元(株)IHI技監

出澤 正人  日本原子力発電株式会社 顧問

伊藤 睦   元鞄月ナ理事原子力事業部長

犬飼 英吉  元名古屋工業大学客員教授

犬竹 紀弘  元日本複合材料社長

岩瀬 敏彦  元独立行政法人原子力安全基盤機構参与

岩本 多實  元日本原子力研究所東海研副所長

入江  寛昭   日赤九州国際看護大学講師

上田 隆

内田 勇   三菱重工業褐エ子力事業本部

大木 新彦  元武蔵工業大学 原子力研究所 所長

大橋 弘士  北海道大学名誉教授

緒方 正嗣  佐賀大学キャリアセンター 教授

小川 博巳  非営利活動組織 エネルギーネット 代表

奥出 克洋  米国サウスウエスト研究所 コンサルタント

小野 章昌  元三井物産 原子燃料部長

金氏 顕   三菱重工業株式会社 特別顧問

金子 熊夫  外交評論家、元外交官

金子 正人  (財)放射線影響協会 顧問

加納 時男  参議院議員

川合 將義  高エネルギー加速器研究機構 名誉教授

岸田 哲二  元関西電力副社長

岸本 洋一郎 元核燃料サイクル開発機構副理事長

木村 正彦  愛知県技術士会幹事

栗原 裕   元日本原子力発電取締役

黒川 明夫  元 (財) 発電設備技術検査協会 特任参与

黒田 眞   元通商産業審議官

軍司 貞   (株)東工業

後藤 廣    (株) 日立アイシーシー 技師長

小山 謹二  (財)日本国際問題研究所 軍縮不拡散促進センター客員研究員 

税所 昭南    元(株)東芝

齋藤 修   元放射線影響協会常務理事

齋藤 健彌  元東芝 燃料サイクル部長

齋藤 伸三  前原子力委員長代理、元日本原子力研究所理事長

佐藤 祥次  元NUPEC特任顧問

実松  俊弘  元 日立製作所上席常務、

篠田 度   元日本原子力発電(株)顧問

嶋田昭一郎  文部科学省 技術参与

白山 新平  元関東学院大学教授

末木 隆夫  元東芝

菅原 剛彦   シニアネットワーク運営委員

鈴木  誠之    元清水建設役員

世古 隆哉  元東京電力

高田 誠   (財)日本エネルギー経済研究所 研究主幹

太組 健児  元日立製作所、元原子力発電技術機構 理事

竹内 哲夫  元原子力委員、元東京電力副社長

田村  聖和  元 IHI 原子力

力石 浩   リキ・インターナショナル代表

辻 萬亀雄  元兼松株式会社

寺澤 倫孝   兵庫県立大学 名誉教授

長尾  博之   元 鞄月ナ

中神 靖雄  元三菱重工業株式会社常務取締役

夏目 暢夫  東京電力(株)国際部長

奈良林 直  北海道大学教授

西村 章    株式会社グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン 理事

野村 勇   元伊藤忠テクノソリューションズ

野島 陸郎  元IHI常務取締役

林  勉   元日立製作所理事、原子力事業部長

久澤 克己  (社)日本カンボジア協会理事 

平沼 博志  元日立製作所社員

福田 繁   元三菱重工業(株)原子力事業本部顧問

藤井 晴雄  元(社)「海外電力調査会 調査部 主管研究員

古川 和男  NPO法人:トリウム熔融塩国際フォーラム理事長

星  璋   元日本原子力防護システム(株)常務取締役

堀  雅夫  原子力システム研究懇話会

益田 恭尚  元鞄月ナ首席技監

松岡 強   (株)エナジス社長

松永 一郎  エネルギー問題研究・普及会 代表

三村 泰   MHI原子力エンジニアリング(株)顧問

武藤 正   元動力炉核燃料開発事業団 核燃料部長

森島 茂樹  元四国電力勤務

山脇 道夫  東京大学名誉教授

吉田 康彦  大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員教授

路次 安憲  三菱電機(株)

若杉  和彦   元原子力安全委員会技術参与

                                                      合計 77名

 

 

 

<添付書>    

温暖化対策の中核は「原子力発電」

 

温暖化対策には先ず発電分野の低炭素化が重要であり、実際の削減量から見ると原子力発電の貢献が圧倒的な割合を占めていることが下記の日米の例でよく示されている。

 

. 日本のケース

(1)2005年比15%削減の場合(1990年比8%削減)・・・自民党麻生政権提案

先の中期目標ではCO2排出量を2020年までに2005年比15%削減することが目標とされた。政府資料から見ると実質的な削減内訳は図1の通りで、エネルギー起源の削減量を見ると、発電分野での削減が1.13億トンで全体の54%を占めている。その内訳は原子力発電(新規建設9基、稼働率81%へ向上)が0.84億トン、次いで太陽光発電(2,800KW)と風力発電(500KW)を合わせたものが0.2億トンである。一方最終消費分野での削減量は0.96億トンに留まっている。産業、運輸、民生などの最終消費分野での削減努力は経済成長によって相殺を受けるため削減量自体は大きなものとはならない。

 

図1 中期目標(15%、2.09億トン削減)の内訳(単位:億トン)

グラフに見るように原子力発電が低炭素化の切札であることが良く分かる。「原子力発電新規建設9基、稼働率81%への向上」は全ての検討ケースの前提とされていたため表面には出てきていないが、一番重要な要素であることの認識が必要である。

 

(2)1990年比25%削減の場合(2005年比30%削減)・・・・民主党鳩山政権提案

新政権の目標202030%削減(1990年比25%削減)に資するために、新たに以下の目標を立てた場合にはどうなるであろうか。すなわち原子力発電の新規建設数を従来目標の9基ではなく、経済産業省がまとめた平成21年電力供給計画表に記載されている15基全てが2020年までに建設され、運転中のものも含めて全部の原子炉が米国・韓国並みの稼働率90%で運転されることを想定した場合である。原子力発電による炭酸ガス削減量は14,800万トンと計算される。これは30%削減量(4.18億トン)の35.4%に相当する。他の分野の削減量をそのまま踏襲した場合の削減割合は図2の通りとなる。

 

2 原子力15基新設、90%稼働率の場合のCO2削減量(単位:億トン)

(全削減量4.18億トン、うち原子力1.48億トン)

このように原子力発電を目一杯増やしても、また自然エネルギーの導入を増やしても国内での削減量は残念ながら目標値を大きく下回る。

 

U. 発電設備の稼働率

同じ容量の発電設備であっても、稼働率によって発電電力量は大きく変わってくる。原子力発電所はフランスを除く主要原子力発電利用国はベースロードとして利用しており、前項でも述べた如く、各国は規制の合理化により90%という高い稼働率を維持している。わが国の原子力発電所の稼働率は残念ながらここ数年70%台に低迷しており、かっての80%台への回復、さらには世界レベルの90%への向上が大きな目標となっている。一方自然エネルギーはエネルギー供給を自然現象に頼るため稼動率がどうしても低くなる。太陽光発電設備は夏の日照の強い条件を基準に設置されるので、設置場所によっても違うが、年間を通し平均すると、日照量は平均14%程度である。このため、太陽光発電の稼働率の実績は12%となり、各研究機関の評価ではこの値を採用している。
原子力発電所の稼働率を84%と仮定すると、同じ電力(kWh)を得るのに、原子力発電所の7倍の設備容量が必要となる。

V. 米国の二酸化炭素削減計画の概要(参考)

米国では6月に下院を通過したクリーン・エネルギー安全保障法が今後の政策の中心になることが予想される。この法律を提案したワックスマン、マーキー両委員長の要請によりエネルギー省エネルギー情報局(DOE/EIA)が「エネルギー市場と経済に与える影響報告書」を作成したが、その内容を見ると国内削減の大部分は発電分野で行われ、輸送、産業、建築物分野での削減量は微々たるものであることが分かる(3参照)。これは経済成長を加味すると最終消費分野での削減が非常に難しいことを示している。

 

 

3 米国のCO2排出量見通し(単位:100MT

 

米国では石炭火力が発電の半分を占めているが、出来る限りそれを原子力発電と再生可能エネルギー、CCS(炭酸ガス回収・貯留)付き火力発電に置き換えることにより削減を図ろうとしている(図4参照)。基本ケースでは原子力発電を2030年までに倍増させることが必要とされている。

 

このように米国の「クリーン・エネルギー安全保障法案」でもCO2削減の実質的プレーヤーは発電分野でありその中心は原子力発電であることが分かる。

 

なおこの法律案では温室効果ガスを2005年比で2020年までに17%、2030年までに42%、2050年までに83%削減することが謳われている。しかし2030年の国内削減割合は目標値(42%)の4割に相当する16%に過ぎず(真水は4割)、残りの6割は国外(CDM等)および国内(森林吸収等)のオフセット(相殺)に依存する見通しとなっている。また2030年以降については目標とするような大幅削減のシナリオが立てられないため予測不可能とされている。

 

 

4 米国の電源別発電量見通し(単位:10KWH