原油高騰とエネルギー国家戦略            (電気新聞 ・時評  2004/9/5)

                    金子熊夫

今夏以来異常な高騰を続けていた原油価格がついに9月27日、1バレル50ドルの史上最高値を記録、今後も続騰する可能性がある。

 今回の原油高騰の原因は大きく分けて二つ。一つは、産油国側の供給能力が相対的に低下し、世界の需要増加に追いつけないことだ。中東ではイラクのほか、サウジアラビアの生産余力にも限界が見えてきている。ロシアでは、最大手のユコス社の経営上のトラブルが尾を引いており、南米のヴェネズエラや西アフリカの産油国も軒並み政情不安等で輸出力が鈍化している。

 もう一つの原因は、アジアを中心に消費国側の需要が大幅に増加していることだ。とくに近年石油・ガスへの転換を急ぐ中国の消費量の増加が目立つ。自ら産油国でありながら10年前に純輸入国に転じて以来、急速に輸入量を増やしている。このまま行くと、将来―おそらく20年以内にー中東の石油を中国一国だけで全部使っても足りなくなる日が来るという予測もある。いずれにせよ、こうした傾向は今後相当長期間続くとみられるから、原油価格がさらに高騰することはあっても大きく下落することはないだろう。

 ところで、世間では、原油価格が高騰するたびに「第3次石油危機は来るか来ないか?」という点に関心が集まる。問題は、どのような現象を危機と見るかであって、私はここでも二つの異なったタイプの危機を分けて考える必要があると考えている。

一番目の危機は、1970年代の第1次、第2次石油危機のような、ある日突然襲ってくる供給断絶による危機である。私はこれを、2年前に本欄で「心臓マヒ」型の危機と名づけたが、このタイプの危機の確率は、多くの専門家と同じく、少ないと考えている。仮に起こっても現在日本は約半年分の石油備蓄を持っているから、直ちに実害を受けることはあるまい。

但し、中東からペルシャ湾、インド洋、マラッカ海峡、南シナ海、東シナ海を経て日本に至る全長13,000キロのタンカールートには、テロや海賊など多数の難関(チョークポイント)が横たわっており、油断は出来ない。シーレーン防衛が日本のエネルギー安全保障上緊急課題とされる所以だ。

 これに対して、二番目の危機は、気がつかないうちにじわじわ襲ってきて、気がついたときには手遅れという、いわば「肝臓ガン」的なタイプの危機だ。中国、インドその他アジア諸国の経済発展に伴う石油消費の急増により、この危機は必ず早晩やってくる。その結果原油価格が暴騰すれば、日本のような金持ち国はそれでも購入できようが、その余力のない国々は大変で、限りある石油・ガス資源を巡って激烈な争奪戦が起こるだろう。その前に、南シナ海(南沙諸島など)や東シナ海(尖閣諸島など)の海底資源を巡る衝突が一段と激化するだろう。

 このように「資源小国・日本」のエネルギー状況の脆弱性は誰の目にも明らかである。にもかかわらず、現在日本国内では政治家も、役人も、一般市民も、この脆弱性にあまりにも無頓着であるのは、日本のエネルギー政策に、地政学的な状況分析を踏まえた「エネルギー国家戦略」という観点がすっかり欠落しているためである。

 紙面が限られているので結論を端的に言えば、日本にはあまり多くの選択肢は残されていない。ほとんど唯一の頼りは、準国産エネルギーである原子力である。もしそうであるならば、若干乱暴な言い方だが、日本人は、少々危険が伴っても、少々コストが高くても、原子力を推進する以外にない。いずれにせよ、日本人はもっと長期的、大局的な視点に立って「エネルギー国家戦略」を定め、その中で原子力の果たすべき役割を再確認すべきである。