原油高騰と日本のエネルギー国家戦略                 (「世界週報」2004.9.21号掲載)

金子 熊夫

 

今夏以来異常な高騰を続けていた原油の価格は、八月下旬ついに1バレル49ドルの史上最高値を記録、その後一時反落したが、依然として続騰する可能性がある。物価水準の違いもあるので一概には比較できないが、1980年代に比べ約3倍の高値である。

国際エネルギー機関(IEA)等の試算によると、原油1バレル当たり10ドルの上昇は世界の経済成長率を0.5%押し下げる効果を持つので、このまま行くと、景気回復が遅れている日本はもとより、各国経済に相当深刻な影響が出てくると予想される。目下加熱しつつある米国の大統領選挙戦においても、原油高騰問題は共和・民主両党間の重要な争点となっている。

 今回の原油高騰の原因は大きく分けて二つある。一つは、産油国側の供給能力が相対的に低下し、世界の需要増加に追いつけないことである。とくに中東では、イラク戦争でダメージを受けたイラクの産油能力が回復しておらず、世界最大の産油国であるサウジアラビアも、各国の要請を受けて極力増産体制をとっているものの、その生産余力には限界が見えてきている。一方、近年産油国として躍進してきたロシアでは、最大手のユコス社の経営上のトラブルのため急激に産油能力が落ち込んでおり、その他南米のヴェネズエラや西アフリカの産油国でも軒並み政情不安等の理由で輸出が鈍化している。

 もう一つの原因は、消費国側の需要が世界的に著しく増加しており、原油市場を圧迫していることである。とりわけ中国、インドなどの人口大国を抱えるアジアの石油需要の伸びが目立つ。とくに中国では、国内に豊富な石炭資源を有し、従来電力の約80%を石炭火力で賄ってきたが、石炭輸送上の問題(内陸深くの産炭地から東シナ海沿いの人口密集地や工業地域への輸送は時間もコストもかかる)があるほか、石炭による大気汚染、酸性雨などの環境問題も深刻化しており、近年石油・ガスへの転換を強力に進めている。その結果中国の石油消費量は急増し、自ら産油国でありながら10年前に純輸入国に転じて以来中東その他から大量の石油を輸入しており、将来、おそらく20年以内に、中東の石油を中国だけで全部消費したとしても足りなくなるだろうという予測もある。いずれにしても、こうした石油の需給関係の逼迫要因は、今後長期間続くとみられるから、原油価格が高騰することはあっても大きく下降することは期待薄である。

 ところで、世間では、原油価格が高騰するたびに「第3次石油危機は来るか来ないか?」という点が関心を呼ぶ。問題は、どのような現象を危機(ショック)と見るかであって、私は、ここでも二つの異なったタイプの危機を分けて考える必要があると考えている。

第一番目の危機は、1970年代の第1次、第2次石油危機のような、ある日突然襲ってくる石油供給断絶による危機である。私は、これを「心臓麻痺」型の危機と呼んでいるが、このようなタイプの危機は、多くの専門家と同じく、私も少ないと考えている。しかし、中東からペルシャ湾、インド洋、マラッカ海峡、南シナ海、東シナ海を経て日本に至る全長13,000キロのタンカールートには、テロや海賊など多数の難関(チョークポイント)が横たわっており、油断は出来ない。シーレーン防衛が日本のエネルギー安全保障上重要課題とされる所以である。

もっとも、このような非常事態が仮に発生したとしても、現在日本は約160日分の石油備蓄を持っているから、直ちに重大な影響を受けることはないだろう。しかし、それにしても、日本の石油のほぼ90%が政情不安な中東地域からの輸入という現状はあまりにも危険である。できるだけ早急にこの中東依存度を減らすために輸入先の多角化を図らねばならないが、実際問題として、例えばロシア・シベリアなどの石油・ガスに安易に多くを期待することは出来ないだろう。

 これに対して、第二番目の危機は、気がつかないうちにじわじわ襲ってきて、気がついたときには手遅れという、あたかも「肝臓ガン」的なタイプの危機である。中国、インドその他アジア諸国の経済発展に伴う石油消費の急増により、この危機は必ず早晩やってくる。その結果原油価格が暴騰すれば、日本のような金持ち国はそれでも購入できようが、その余力のない国々は大変で、限りある石油・ガス資源を巡って激烈な争奪戦が起こるだろう。その前に、南シナ海(南沙諸島など)や東シナ海(尖閣諸島など)では海底資源開発を巡る衝突が一段と激化するのは必至だろう。

 このように「資源小国」日本のエネルギー状況の脆弱性は誰の目にも明らかである。にもかかわらず、現在日本国内では政治家も、役人も、一般市民も、この脆弱性にあまりにも無頓着に見えるのは、日本のエネルギー政策に、国際政治の実情を踏まえた、「国家戦略」という観点がすっかり欠落しているからである。

 紙面が限られているので結論を急いで、端的に言えば、日本にはあまり多くの選択肢は残されていない。ほとんど唯一の頼りは、準国産エネルギーである原子力発電であると考える。もしそうであるならば、若干乱暴な言い方だが、日本人は、少々危険が伴っても、少々コストが高くても、原子力を推進する以外にないのであって、現在のように、原子力政策、とりわけ核燃料サイクル政策を巡る技術論議にうつつを抜かしている暇があれば、日本を取り巻く国際エネルギー状況を冷静に分析し、もっと長期的、大局的な視点に立って、エネルギー国家戦略を考え、その中で原子力の果たすべき役割を論ずるべきである。

 

 

       (かねこ くまお 外交評論家・エネルギー戦略研究会会長)

 

 

 

                   (「世界週報」2004.9.21号掲載)