対中外交に備えて日印関係を強化せよ     (世界週報  2005/2/15)

                    金子 熊夫

 「世界第2の人口大国」とも「最大の民主主義国」とも謳われるインドは、国連等の人口予測によれば2050年には15億人で中国と拮抗し、いずれ世界一となる。そのインドが今、ハイテク分野を中心に急速なペースで発展しつつあり、国際政治の面でも脇役から主役の一人に躍り出る日も近いと予想される。

 ここ数年来日本では、中国の驚異的な経済成長に煽られて対中進出を図る企業が増えているが、その一方で、小泉首相の靖国神社参拝や歴史認識問題も絡んで日中関係は「政冷経熱」の異常な状態が続いている(中国側の反日教育の実態については、昨年11月30日付け本欄の拙稿「『政冷経熱』の日中関係と歴史認識問題」参照)。その上昨年は、東シナ海における天然ガス田開発、尖閣諸島問題、中国原子力潜水艦の領海侵犯等々により、両国間の緊張が一段と高まっている。

さらに中国は、言うまでもなく、500発以上の核弾頭を持つ軍事大国で、しかも拒否権付きの国連安保理常任理事国である。強いて日中関係の将来を悲観視する必要はないものの、以上のような要因を考えると、21世紀の中国はとても日本が単独で互角に渡り合えるような相手ではない。従って日本としては引き続き日米同盟を基軸として米国との連携を一層強化する以外にないが、それに加えて、もう一つの重要な戦略的パートナーとしてインドとの関係を強化する必要があると考える。

 そもそも日印関係は、過去100年程の歴史を振り返ってみると、あまりにも粗略に扱われてきた。勿論それは日本の対印姿勢の話であって、インドの対日姿勢はまさにその逆であったと言ってよい。

20世紀の初頭、日露戦争で日本が有色人種として初めて白人の大国を打ち破ったことから、当時英国の植民地主義の下で呻吟していたインドは日本への関心を深めた。このことは、ジャワハラル・ネルー(独立後の初代首相)が監獄から愛娘インディラに語った「世界史物語」にも情熱的に記録されている。

明治末期に来日したインドの国民的詩人でアジア最初のノーベル文学賞受賞者のタゴールは、「アジアは1つなり」の岡倉天心と意気投合し日印友好関係の基礎を築いた。続いて、太平洋戦争(大東亜戦争)中は、インド独立を目指すチャンドラ・ボースは、自らインド義勇軍を率いて日本軍と共闘した。さらに戦後は、極東国際軍事裁判(東京裁判)で唯一人、精密な国際法理論を駆使して「日本無罪論」を主張したラダヴィノド・パル判事がいた。

敗戦のどん底にいた日本の少年少女を少しでも激励しようと、愛娘にちなんで「インディラ」と名づけた子象を上野動物園に寄付してくれたのは、前記のネルー首相であった。こうしたインド人の好意が困窮時代の日本人をどれだけ勇気付けてくれたか、現在の若者たちには到底想像も出来ないだろうが、民族として是非記憶しておくべきことだ。

 しかし、その後、米ソ冷戦構造が恒常化する中でインドがソ連寄りの外交路線を選択したため、日印関係は徐々に疎遠となり、ついに1974年、インドが第1回核実験を行ったことにより、両国関係は一層冷却化した。インドの側からすれば、隣国で最大のライバルでもある中国の核保有を公認し、インドのそれを禁じている核兵器不拡散条約(NPT=1970年発効)は到底容認できない不平等条約であり、これに加盟していないのだから、国際法違反を犯したわけではない。のみならず、過去2度の中印戦争における屈辱的敗北の経験から、核兵器はインドの安全保障上不可欠と考えられている。

 ここに、唯一の被爆国として核兵器に対して強い拒絶反応を持つ日本人との最大のギャップがあることは言うまでもない。もっとも、その日本人も、非核三原則を掲げ自前の核武装を放棄する一方で、米国の核抑止力、すなわち「核の傘」の保護を受けているわけだから、首尾一貫していないのは明らかである。1998年のインドの第2回核実験に際して日本人が一斉にインド非難をしたとき、インド人からこの点を衝かれて急に返答に窮した不勉強な人が多かったのは記憶に新しい。

 いずれにしても、インドの核兵器保有が日印関係のトゲとなっているが、問題は日本人がいつまでもこの点にこだわっていていいのかということである。私は外務省時代長く核問題や原子力問題を担当し、NPT体制維持に誰よりも熱心に取り組んで来たし、現在でも広島、長崎の反核運動を支援しているが、今年で条約発効後35年、そろそろ日本人もNPT至上主義的な硬直姿勢を改めるべきではないかと思う。

 例えば日本政府は、「政府開発援助(ODA)大綱」で、核実験国には援助を控えることになっているが、インドは、中国と違って日本に軍事的脅威を与えていなし、パキスタンのように核技術を密輸しているという事実もない。NPT非加盟というだけで、国際ルールはきちんと守っているから、ODA供与を控えるべき積極的理由はない。もっと大事なことは、中東からマラッカ海峡にかけてのタンカー・ルート(シーレーン)防衛上インドの協力は不可欠になっているということだ。対中外交との兼ね合いからも、この際ODAを増加し、貿易、投資活動もできるだけ促進すべきだ。米国もインドのIT能力を高く評価し、近年対印関係を着実に強化しつつある。

 また、私が専門とする原子力・エネルギー分野について言えば、高速増殖炉開発を含めて日印原子力協力の余地は多々あり、できるだけ促進すべきだ。私は、74年の核実験以後最初の日本政府職員としてインド各地の原子力施設をつぶさに視察した経験があり、現在も時々視察したり、情報交換をしているが、インドは西側からの技術導入や部品輸入ができないため原子炉の安全面で問題があり、日印協力の必要性を痛感している。

インドが安全な原子力発電を続けることは日本の利益でもある。急増する電力・エネルギー重要に備えてインドもまた原子力発電規模の拡大に取り組んでいる。日本から移転した原子力技術や資材を軍事転用しないとの確約を取った上で、出来るだけの協力をすべきである。それが他の分野における日印の信頼関係をも一層増進するに違いない。