NPT体制危機と日本の対応

                        金子 熊夫

 

先月初めからニューヨークの国連本部で開かれていた第7回核不拡散条約(NPT)再検討会議は、意見対立の結果ついに最終合意文書の採択に失敗し、27日に閉幕した。日本のマスメディアは一斉に「会議決裂、NPT体制崩壊の危機」と報道した。

決裂には違いないが、これでNPT体制が直ちに崩壊すると言うのは早計である。本欄で筆者が繰り返し強調したように、いかに同体制が形骸化したとしても、これに代わる国際法規範がない以上、今後とも全力で支えて行かねばならない。それが唯一の被爆国たる日本の道義的責任でもある。

 今回の決裂の「主犯」は明らかに米国とイラン、及びイランに同調して会議を強引に決裂に持ち込んだエジプトだろう。2年前にNPTを勝手に脱退し、今回の会議を欠席した北朝鮮も陰の共犯者であることは勿論だ。

 米国は、5年前の再検討会議の時は民主党政権で、副大統領や国務長官が自ら出席したが、共和党政権下の今回は、最後まで中堅外交官に任せっぱなしで、ライス国務長官は全く会議に顔を出さなかった。

どうもブッシュ政権は、途上国が優勢で自分の思い通りにならない国際原子力機関(IAEA)やNPT体制には冷淡のようだ。北朝鮮やイランの核問題の解決にあまり積極的に取り組んでいないという不満を持つ。

その上、9.11以後は、アルカイダ等の国際テロ集団による核テロの蓋然性が高まったのに、伝統的な主権国家を対象とするNPTでは十分な対応ができないという判断がある。

そこで代わりに登場したのが、米国が影響力を行使しやすい先進国中心の「原子力供給国グループ」(NSG)や、ブッシュ大統領主導で2年前に発足した「拡散防止構想」(PSI)などの、いわゆる有志連合方式だ。現在米国の軸足はこちらに移っている。

とくに9.11タイプの核テロ攻撃に対する恐怖は、悪夢のように米国人の心に重くのしかかっている。広島、長崎に原爆を落とした国の市民が、60年後の今日、核の影に怯えている姿は歴史の皮肉というほかはない。

翻って、このような不安定なNPT体制の下で、日本は今後どのように対応して行くべきか。

この点についても筆者はすでに色々な構想を公にしているので、ここでは、原子力平和利用面に絞って、重要なポイントだけを述べておきたい。

◆エルバラダイIAEA事務局長提唱の「多国間核管理構想」(MNA)は今回の再検討会議ではほとんど議論されなかったが、いずれ必ず議論になるだろうから、日本としての対応をしっかり固めておくべきだ。政府は、六ヶ所再処理工場等への悪影響を懸念して予防線を張っているが、この際むしろ攻勢防御作戦に切り替え、アジア地域を主対象にした具体策を案出し、積極的に提案すべきだ。その場合、筆者年来の「アジアトム」構想は十分使えると思う(拙著「日本の核・アジアの核」第5,6章ご参照)。

◆アジアということで言えば、やはり先ず韓国対策が重要だ。日本だけが「既得権」を享受していることに対する嫉妬心もあるので、そういった心理的、政治的な側面にも配慮した対韓政策を早急に練るべきだ。

◆15年以内に原子力発電を開始する計画のベトナムやインドネシアに対しては、政府がもっと前面に出て、先ず二国間原子力協定を早期に締結すべきだ。それには、日本の原子力産業のみならず日本とアジアの安全保障という大きな視点が不可欠だ。

◆インドに対しても、NPT非加盟国というだけで差別するのは愚策だ。高速増殖炉研究を含め、もっと建設的な協力関係を築くべきである。

 

 (電気新聞・時評  2005/6/3)