NPT再検討会議は何故決裂したか、今後の展望は、

そして日本の対応はいかにあるべきか?

                           金子 熊夫

                               外交評論家、エネルギー戦略研究会会長

                       (初代外務省原子力課長、前東海大学教授)

 

広島・長崎被爆60周年の今年は、北朝鮮やイラン問題もあり、核問題に対する関心がかつてない高まりをみせている。そのような緊迫した雰囲気の中で5月初めから4週間にわたってニューヨークの国連本部で開催された第7回核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議では、しかし、各国の意見対立が激しく、紛糾の末ついに最終合意文書の採択に失敗、何らの成果もないまま幕を閉じた。日本から遠路ニューヨークに詰めかけた被爆者やNGO関係者はもちろん、国内で新聞、テレビ報道を追っていた人々も深い失望と落胆、そして今後のNPT体制に大きな危機感を抱いている。

この機会に、今回の再検討会議決裂の跡を振り返り、その上で、今後のNPT体制の行方や、日本のとるべき対応等について考えてみたい。(山名 康裕) 

 

今回の再検討会議について、日本のマスメディアは一様に「会議は決裂、NPT体制崩壊の危機」と報道したが、全体的にどのように評価すべきか。

確かに決裂には違いないが、これでNPT体制が直ちに崩壊すると言って危機感を煽るのはよくない。なぜならば、いかに同体制が形骸化し名存実亡の状態にあるとしても、核兵器に関し、これに代わる国際法規範(実定法)がなく、どうしても必要なものだからだ。それは、殺人事件が一向に無くならないからと言って刑法上の殺人罪は無意味だ、削除すべきだとはならないのと同然である。

そうである以上、我々は今後とも全力でこの体制を支えて行かねばならない。それが唯一の被爆国たる日本の道義的責任でもあると思う。さらに言えば、NPTは、核軍縮、核不拡散だけでなく、原子力平和利用を担保する重要な国際条約であり、その存続は日本の原子力の将来にとっても必要不可欠であることを銘記すべきだ。

 

     今回の再検討会議を紛糾させた最大の「犯人」が米国とイラン、エジプトであることは明らかだが、とりわけ米国の極端に消極的な態度が目立った。それはいかなる動機、事情によるものか?

前回の再検討会議(2000)のときは、米国は民主党のクリントン政権下にあり、核軍縮や核不拡散に比較的熱心で、ゴア副大統領やオルブライト国務長官が会議に出席したが、今回、共和党のブッシュ政権はついに最後まで中堅外交官に任せっぱなしで、ライス国務長官は全く顔を出さなかった。

どうもブッシュ政権は、途上国が優勢で自分の思い通りにならない国際原子力機関(IAEA)やNPT体制には冷淡のようだ。北朝鮮やイランの核問題の解決にあまり積極的に取り組んでいないという不満を持っている。

しかし、米国の態度をこれほどまでに非妥協的にした根本的な理由は、何といっても9.11事件の後遺症がそれだけ大きいということである。9.11タイプの核テロ攻撃に対する恐怖、つまり、ある日突然米国内の大都市をテロリストが核兵器や「汚い爆弾」(放射性物質を通常火薬で爆発、拡散させるもの)で攻撃するのではないかという恐怖が、いまや悪夢のように米国人の心に重くのしかかっている。広島、長崎に原爆を落とした国の市民が、60年後の今日、核の影に怯えている姿は歴史の皮肉というほかはない。

ところが、9.11以後アルカイダ等の国際テロ集団による核テロの蓋然性が高まったのに、伝統的な主権国家を対象とするNPTでは十分な対応ができないという懸念がある。

パキスタンのA.Q.カーン博士を中心とする「核の闇市場」の存在もある。IAEAはといえば、エジプト人が事務局長であるせいでもないだろうが、北朝鮮やイランに対しあまり厳しい態度を取ろうとしない、とアメリカ人の目には映る(米国政府がエルバラダイ氏の三選に反対しているのはそのせいだろう)。

そこで代わりに登場したのが、米国が影響力を行使しやすい先進国中心の「原子力供給国グループ」(NSG)や、ブッシュ大統領主導で2年前に発足した「拡散防止構想」(PSI)などの、いわゆる有志連合方式だ。現在米国の軸足はこちらに移っていると言ってよい。今回の再検討会議にブッシュ政権が終始冷淡だったのはそのような事情によるもので、同政権の国連軽視や単独行動主義(ユニラテラリズム)が露骨に出た感がある。

 

他方、今回エジプトが会議を紛糾させ、かなり強引に決裂に持ち込んだようだが、従来どちらかといえば親米的と見られていたエジプトが何故、という疑問が残る。エジプトと米国が裏で手を組んでいたのではないかという推測すら現地にはあったようだ。

 

実情はまだ不明な点があるが、エジプトと米国が裏で談合していたということはありえないだろう。そうではなくて、「両極端はかえって利害が一致する」、つまり、それぞれ目的は180度異なるものの、今回の再検討会議で妙な妥協をするより会議自体を潰してしまった方が得策という点で双方の判断が偶々一致した、ということだろう。
 アラブ諸国の一員であるエジプトと米国の対立の最大の原因は、イスラエル問題だ。かねてからエジプトは中東地域非核化構想の実現に熱心で、そのためにはイスラレルのNPT加盟が不可欠と考え、今回の会議でも、イスラエル問題を議題に入れることを強く主張していた。しかし、米国はイスラエル寄りで、同国を窮地に追い込むことには大反対だ。そもそもイスラエルにとって核兵器は自存のために不可欠で、米国もそのことをよく理解し、一貫して「ダブルスタンダード」を適用しているのは周知の事実だ。

他方、アラブ諸国のイスラエル敵視は極めて強烈だが、それは、イスラエルの場合、核実験はしていないものの、100発以上の核兵器を現に持っていることが確実で、しかもアラブ諸国のどこかで核開発の動きがあると、例えば1981年6月に、イラクの原子力施設を戦闘爆撃機で直接爆破してしまったように、さっさと実力行使をする可能性があるので、アラブ諸国としては極度の警戒心を持っているわけだ。北朝鮮の核攻撃を日本人が警戒するより遥かに深刻で、この点を理解しないと今回のエジプトの行動も理解できない。
 核開発の疑惑のかかるイランは、アラブではないものの、イスラエル嫌いという点でアラブ諸国と共通しており、そのイランとアラブ代表を自認するエジプトが今回反米共同戦線を張っていたということだろう。

 

そのイランだが、NPT第4条(非核兵器国は原子力平和利用について「奪い得ない権利」を持つとの規定)を盾に一貫して自国の原子力活動の正当性を主張し、ブッシュ大統領の核不拡散政策に強硬に反対したが・・・

 イランの主張は一見正しいようだが、第4条の規定については、NPTが成立した1960年代半ばという時代的背景をも考える必要がある。当時はアイゼンハワー大統領の「アトムズ・フォー・ピース」構想(1953)に従って日本やドイツその他の先進国が原子力平和利用活動を始めたばかりで、軽水炉による発電が中心であった。

その後第一次石油ショック(1973)で多くの国が原子力発電を始めたが、ちょうど同じ頃インドが最初の核実験(1974年)を行い、平和利用目的の原子力発電から生ずる使用済み燃料を再処理して得られたプルトニウムでも核爆弾が出来るということになって、急に米国などは警戒し始めた。1977年に登場したカーター政権が、民生用の再処理、プルトニウム利用を全面的に禁止する核不拡散政策を打ち出し、ちょうど試験運転開始を目前にしていた東海再処理工場の運転に待ったをかけてきて大騒ぎになった。それ以後の核不拡散政策の歴史は周知の通りだ。

 今日ではNPT成立当時には想像も出来なかった数の国々(途上国を含む)が原子力発電をやっているが、その中にはイランや北朝鮮のように自分でウラン濃縮や再処理をやろうとする国も出てきている。このまま放置すると大変なことになるというので、米国等は、原子力平和利用は普通の軽水炉でワンススルー(使い捨て)方式に限るべきだとしており、現在のブッシュ提案でも、日本などを除いて、まだ本格的な再処理や濃縮施設を持たない国には持たせないようにNSGを通じて押さえにかかっているわけだ。

 本当は、米国はそのような形に第4条を改正したいのだが、もともとNPTは「ガラス細工」といわれるように極めてデリケートなバランスの上に成り立っている条約なので、下手に改正しようとすると大混乱になる。しかし、第4条がある以上イランのような主張は無くならない。エルバラダイ構想(多国間核管理構想=MNA)に批判が多いのも同じ理由だ。

                        (「月刊エネルギー」7月号掲載)

◆そのエルバラダイ構想だが、今回の会議では実質的な議論はほとんど行われなかったようが、今後どうなるのだろうか?

 今回の会議では初日にエルバラダイ事務局長がこの構想について演説を行ったが、第3主要委員会での討議では、開発途上国側から批判的コメントが多かった。日本も同構想について批判的な意見を述べたが、理由は同構想が仮に実現したとしてもインド、パキスタン、イラン、北朝鮮などの問題国が加盟するという保証はなく、それでは無意味だなどというもので、言っていることは大方正しい。確かにこのような構想は新しいものではなく、1970年代半ば以降何度も、とくに「国際核燃料サイクル評価」会議(INFCE 1977-80年)では極めて詳細に議論されたが、その都度いろいろ難しい問題があって実現に至らなかった。だから今IAEAが音頭を取って実現しようとしても土台無理だろう。

 しかし、かといって、現状を放置しておくこともできず、いずれ何らかの国際レジームを作ろうという議論が必ず出てくる。とくにアジアでは、これから東南アジアでも、インドネシア、ベトナムなど原子力発電をやろうとする国が出てくるので、できるだけ早期に

適切なレジームを構築するべきだ。私自身は、25年前、外務省の初代原子力課長時代に「アジアトム」と称するアジア地域の原子力協力機関の設置構想を発表し条約案まで用意した。以来退官後も個人の資格でその実現を各国に呼びかけているが、肝心の日本政府が無関心で、一向に動こうとしない。

 今回の再検討会議でも、エルバラダイ構想を批判するだけで、積極的な対案を示そうとはしていない。下手に動くと六ヶ所村の再処理工場などに悪影響があるから、ということらしいが、腰が引けすぎていると思う。アジアのことは日本が主導しなければだめで、いつまでも受身ではなく、攻勢防御作戦に切り替えるべきだ。その際、単に日本の原子力産業の振興だけでなく、日本とアジアの相互安全保障(防衛)という大きな視点がどうしても必要である。

 

◆最後に、今後日本がとるべき核・原子力平和利用外交について一言。

今回の再検討会議でも外務省の担当者はそれなりに頑張ったようだが、結果的には米国

イラン、エジプトなどに振り回された形で、あまり存在感を発揮できなかった。いつまでも「唯一の被爆国」というだけでは限界がある。外務省だけで対処するのではなく、民間の力ももっと総動員すべきだ。INFCEで日本が成果を挙げえたのはまさにそのような官民合同のオールジャパン体制で対処したからだ。もちろん、そのためには日頃から国内で隔意のない意見交換をしておく必要がある。

 私自身は、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)というかつてノーベル平和賞を受賞した国際団体の日本支部(事務局は広島県医師会内)の特別顧問という資格で、数年前から「北東アジア非核兵器地帯」(対象は日、韓、朝、モンゴル、中、露、米の7カ国)構想を提唱しており、各国支部と協力してそのための条約案作りを進めている。北朝鮮問題も結局このような地域的レジームの中で解決する以外にないだろう。そう簡単な話ではないが、将来機が熟したときのために、今から地道に検討作業を行っているわけである。

 一方、原子力平和利用利用の分野でも、日本がやるべくしてやってないことが沢山ある。「アジアトム」構想は先ほど述べたが、その他にも重要と思われる点をざっと挙げれば次のとおりだ。

     アジアという視点で言えば、やはり先ず韓国対策が重要だ。日本だけが「既得権」を享受していることに対する嫉妬心もあり、「日本核武装疑惑」の震源地になっているので、そういった心理的、政治的な側面にも配慮した対韓原子力協力政策を早急に練るべきだ。

○15年以内に原子力発電を開始する計画のベトナムやインドネシアに対しては、政府がもっと前面に出て、先ず二国間原子力協定を早期に締結すべきだ。それには、先述のように、日本の原子力産業のみならず日本とアジアの安全保障という大きな視点が不可欠だ。

     近い将来中国に伍してアジアの超大国になると予想されるインドに対しても、NPT非加盟国というだけでいつまでも差別するのは愚策だ。高速増殖炉研究を含め、もっと建設的な協力関係を築くべきである。

     最後に原子力プラント輸出問題については、ウラン燃料の供給だけでなく、先々の使用済み核燃料問題などをも視野に入れた日本独自の戦略を、米国とも密接に協議しつつ早期に練り上げるべきだ。原子力業界は、自らの安定的成長のために海外進出が必要と考えるなら、もっと積極的に政府の尻を叩くべきである。今からでも遅くはない。

 

 (「月刊エネルギー」 2005年7月号掲載)