Subject: EEE会議(中東情勢:人口爆発問題)
Date: Sun, 12 Jan 2003 08:43:09 +0900
From: "kkaneko" <kkaneko@eagle.ocn.ne.jp>

各位

北朝鮮問題の陰に隠れて、このところ、イラク問題や中東問題がやや影が薄く
なっている感じですが、輸入石油の中東依存度が90%近い日本としては、や
はり中東情勢への関心は常に怠るべきではないでしょう。小生自身近年中東に
は全く足を踏み入れていないので、現状がどうなっているかよく分からず、不
安に思っていましたところ、今朝偶然舞い込んできた1通のメールで、ちょっ
と目を覚まされた感じです。このメールは、山口大学医学部卒の研修医、高山
義浩さん(28歳)が発行している「国際保健通信」で、1年程前に1度EEE
会議で紹介したことがありますが、なかなかユニークで読みごたえがありま
す。関心のある方は購読(無料)されたらいかがですか。末尾に彼のURLと
メールアドレスが出ています。ご参考まで。
金子熊夫 

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 珍しくも何ともない国連の人口統計ですが、よくよく見ると面白いものがあ
りました。中東の人口増大についてです。

                1970      2000
    ------------------------------------------
     サウジアラビア    574      2034
     イラク         935      2294
     クウェート        74       191
     イスラエル      297       604
    ------------------------------------------
                       (単位:万
人)

 すごいですね。たった30年(一世代)で2、3倍は増えてます。まさにネ
ズミ算のようです。出稼ぎ労働者の流入ではありません。むしろ、その逆で、
80年代の原油価格の暴落以後、外国人労働者はむしろ減少しているんです。
自国民の数が増大しているのです。

 では、なぜ人口がかくも爆発したのか。理由は2つ挙げられます。

 まず、イスラム教徒は一般に避妊を嫌い、子だくさんを良しとするからのよ
うです。もうひとつの理由が面白いですね。それは、保健医療が中東に急速に
浸透したからです。70年代よりのオイルブームに乗って、中東産油国は競っ
て国民へのサービスを充実させました。とくに、医療への投資は見栄えもいい
し、数字にもなるということで、まあ中東に行かれた方はよく御存知だとは思
いますが、あちらの病院は絢爛豪華になっていったわけです。もちろん、医療
費は無料です。

 サウジアラビアを例に挙げると、1970年の医師一人当たりの人口は7460
人でしたが、1993年には749人にまでなっています。一方、千人対で乳児

亡率が、1970年の119より、1999年の19にまで低下しています。急速

保健医療が充実するとどうなるか、ということの証左がいまの中東世界なのか
もしれません。

 まあ、ずっと豊かなら問題はなかったのでしょうが、80年代半ば以降、各
国の石油収入は低迷してしまいました。財政収支が赤字に転落し、経常収支の
赤字とともに「双子の赤字」の状態が続いています。経済と政治の話は、

アメリカがアフガニスタンを「欲しがる」わけ
http://square.umin.ac.jp/ihf/news/2001/0928.htm

の「崩壊しつつあるサウジアラビア」という節を読んでみてください。とにか
く「所得税なき高度福祉国家」の幻想は、当然、崩壊の危機に瀕しているわけ
です。

 中東での人口爆発は都市を中心に起きています。ムラ型の大家族同居から、
核家族世帯へとライフスタイルが変化し、すなわち、それだけ多くの電力を要
するようになったわけです。ムラの土壁平屋と違い、砂漠都市のコンクリート
集合住宅は、死ぬほど暑いですから、エアコンは年中つけっぱなし。家電製品
の保有台数も増加しましたから、電力消費量の増加に拍車がかかっています。
もちろん、水の消費量も莫大です。しだいに、無料無尽蔵と国民が考えていた
電力や水の供給余力が乏しくなってきているようですね。こうした浪費を抑え
るためにも、公共料金を有料とし、漸次、引き上げてゆく必要があるのです。

 とにかく、人口の急増と財政の制約に直面する中東諸国は、オイルブーム時
代に作り上げた「政府まる抱え」の経済システムの維持が難しくなっていま
す。
国民は働かなければなりません。現金収入を得て、そして国に頼ることのない
生活環境を整えなければなりません。

 ところが、今度は仕事がありません。なにしろ、石油さえ掘っていればよ
かっ
たんですから、産業が育っていないのです。そのうえ、人口爆発による若齢化
社会のまっただなかです。中東諸国の多くが失業率15%以上の時代に入りつ
つあるのです。

 中東が不安定であることの背景には、こうした社会問題というか、むしろ生
態系の機能不全とも言える問題があると思います。こうした視点から中東問題
を解析し、応用の立場から、調和的な生態系の再構築という議論がもう少し
あっ
てもいいのではないかと思います。そして、それこそが国際保健の役割だと私
は思っています。残念ながら、日本の国際保健の専門家たちの動きは、怠慢の
そしりを受けても仕方がないほど鈍いようですが・・・

 中東問題について、日本が貢献できることは、イラク攻撃の分担金を払うだ
けではありません。すなわち、人口の爆発的増大に対する国際保健協力であ
り、
省エネ社会の実現にむけた社会システム改革であり、産業の多角化にむけた経
済構造改革であり、インフラ整備ではないでしょうか。日本がやはり短期間の
うちに体験し、克服してきた道筋なのですから、日本が独自にデザインできる
外交戦略がここにあるはずです。

 ところが、サウジにおけるアラビア石油の権益協定が「一企業の利権の問
題」
として失効していったように、日本は国家戦略として包括的に中東外交を進め
ようとはしていないようです。

 あの権益協定が失効したのは、鉱石運搬を主目的とするサウジ国内の産業鉄
道の建設と運営を、権益延長の見返りとして日本に求めたからでした。日本側
のメディアは、もっぱら「サウジの強欲」として受け止めていたようですが、
しかし、上述のサウジの切迫した社会環境を考えれば、いかにサウジが、産業
多角化と雇用創出のための製造業への直接投資、そしてインフラ部門への外国
資本導入について切望していたかが理解できると思います。

 この鉄道建設。試算では20億ドルかかるんだそうです。湾岸戦争で90億
ドル捨て金をした日本が、どうしてここでケチるのか、馬鹿なんじゃないで
しょ
うか? どうせ、イラク空爆がはじまったら何十億ドルも日本は出すんです。
米議会予算局の試算では1ヶ月あたり60〜90億ドルかかるんだそうです。
国連の承認なしに攻撃開始した場合、一銭たりとも出さないといっている国が
ほとんどですから、今度は日本が出すことになるカネは半端ではないでしょ
う。
ちなみに戦後のイラク占領にかかるのは月間10〜40億ドルなんだそうで、
これも日本はかなり負担することになるでしょう(日本も占領していただいて
復興した経緯がありますので)。しかし、これもまた、誰からも感謝されない
カネです。

 私は中東を何度か旅したことがありますが、中東諸国には、日本への尊敬の
まなざしがありますし、期待のまなざしが共通してあると行く先々で強く感じ
ました。中東諸国にとって米国が過大な存在になればなるほど、バランスとし
ての日本への期待は一段と高まっています。これに応える形で、日本が独自の
「テロとの戦い」を中東ではじめることができれば、21世紀、私たち日本人
が生き延びる足がかりが少なくともひとつ、築けることになると私は思いま
す。

 次号では、湾岸戦争を振り返ってみたいと考えています(高山)。

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  [発  行] 国際保健通信 http://square.umin.ac.jp/ihf/
        ( バックナンバーはここで閲覧できます )
  [発行部数] パブジーン 2066部, まぐまぐ 1090部
  [編 集 人] 高山義浩 ihf-adm@umin.ac.jp