Subject: EEE会議(イラク問題と国際核査察:Blixから聞いた話)
Date: Tue, 25 Feb 2003 12:25:22 +0900
From: "kkaneko" <kkaneko@eagle.ocn.ne.jp>

各位

先週末Powell 国務長官が東京で明言したように、米国は、3月7日の国連査察委追
加報告直後に新決議採択を安保理に要求する方針で、同月14日を大量破壊兵器廃棄
の最終期限とし、これが実現しない場合はいよいよ開戦となる見通しです。既にブッ
シュ米大統領は、武力行使を容認する新決議が安保理常任理事国のフランスなどの拒
否権で葬り去られても攻撃に打って出る構えで、湾岸地域には約18万人の米軍部隊
を展開中、英国も4万人以上を投入する模様です。

ところで、文字通り「デッドライン」となる3月14日までにイラクが大量破壊兵器
の完全廃棄を行い、国連査察団がこれを証明することができるかどうか。これまでの
状況から見て、あと半月そこそこでそれが可能になるとは到底考えられません。小生
も外務省時代以来、30年以上にわたってIAEA査察活動を観察してきましたが、
そもそも国際査察は、一般に知られているより遥かに不完全で、しかもものすごく時
間がかかるものなのです。

歴史上、一度核開発をしていた国でその後完全廃棄したケースは、南アフリカ1国だ
けです。
同国は長年の核開発疑惑の末に1991年7月に核不拡散条約(NPT)に加盟しま
したが、IAEA査察で完全廃棄が国際的に確認されたのは93年9月で、その間2
年余を要しました。

しかも、南アフリカの核開発断念の背景には、核を廃棄した方が有利という同国自身
の現実的な計算があったわけです。 すなわち、当時の南アの白人政権は、長年にわ
たる人種隔離政策(アパルトヘイト)が国際的な非難を浴び、制裁措置で孤立、核開
発のコストにも苦しんでいたほか、黒人政権への移行を控え、彼らに核を渡したくな
いとの思惑がありました。そのような事情で、NPT加盟2年前の89年、秘密裏に
核開発の中止を決め、NPT加盟とIAEA査察団の受け入れも周到に準備されてい
ました。90年に極秘で核兵器の解体を開始。査察時ごろには解体を終え、あとは
残った核物質のリストを揃えて核兵器を保有していないことをIAEAに証明させる
だけになっていたということです。 

以上は、当時IAEA事務局長だったHans Blix委員長(UNMOVIC)
が、1998年3月に小生が東京で開催した「アジア原子力フォーラム」(Tokyo
Asiatom Forum)の基調講演者として来日した際、直接小生に話してくれたことです
が、このことから見ても、国際査察というものが非常に手間がかかるものであり、今
回のイラクのように受入国側に自発的に協力しようという気持がない場合IAEAだ
けで完全廃棄を証明することは殆ど不可能である、ということが理解できるのではな
いかと思います。 

因みに、もう一つの核開発(疑惑)国であるイスラエルについても、(同国はNPT
未加盟国でありIAEAの全面査察義務を負わないので)米国CIAが1970〜8
0年代に独自の査察を試みたけれども、イスラエル側の巧妙な「核隠し」作戦により
不首尾に終わったという経緯があります。

以上、イラク問題を理解する上でのご参考までに。

金子熊夫