Subject: EEE会議(Re:北朝鮮をどう見るか:吉田・天野論争)
Date: Mon, 10 Mar 2003 11:08:36 +0900
From: "kkaneko" <kkaneko@eagle.ocn.ne.jp>

各位殿

北朝鮮問題をめぐる吉田・天野論争は、若干当EEE会議のメイン・テーマから逸脱し
つつありますが、時節柄重要な問題でありますので、例外的に、いま少し継続しま
す。 以下は、吉田氏の再々反論です。ご参考まで。
金子熊夫
***********************************************

多少とも誤解と偏見を解いて下さったことに敬意を表します。小泉訪朝前の世論調
査で「北朝鮮を好きか、嫌いか」という設問に、「好き」と答えた日本人は3%、
「嫌い」と答えた人は90%、「どちらでもない」が7%でした。天野さんの北朝鮮
観は日本人の常識を代表しています。国や民族を単なる好悪で判断し、接すべきでは
ないというのが私の基本姿勢で、大学でも学生に強調しています。私に抗議と嫌がら
せをしてくる人はことごとく「嫌悪」と「憎悪」、特に拉致告白後は「敵愾心」と
「復讐心」をぶつけてきます。それが「売国奴」「国賊」という罵詈雑言となりま
す。
 私が「拉致はあった」という心証を抱いた根拠は、過去6回の訪朝経験で朝鮮労働
党幹部との一連の会談・懇談を通して、彼らが日本民族に対し同様の「敵愾心」と
「復讐心」を根強くもっていることを確認した点にありました。金正日は工作員教育
の一環として彼らに対日報復を鼓舞・煽動したのだと思います。隣接する両民族が互
いにそんな怨念を持ち続けていいのかというのが私の朝鮮問題との関わりの原点で
す。拉致疑惑に関して「状況証拠だけで北の犯行と断定すべきではない」という主張
はそこから来ています。先入観にもとづく断定を戒めていたのです。このままだと、
イスラエルとパレスチナのように、際限のない「憎悪の連鎖」になります。以下、新
しく提起された疑問にお答えします。
(1)「金正日体制の自然崩壊を待つ」というのが私の態度ではなく、そうは言って
いません。韓国も「崩壊」は望んでいません。「崩壊」は混乱、無秩序、無統制を招
きます。前回も「ソフトランディング以外にない」と繰り返しているではありません
か。現体制下の市場原理、自由競争の導入、政権の民主化です。中国がすでに実践済
みです。金正日も、経済的には、羅津先鋒自由貿易地帯、新義州特区、開城特区など
の設定、さらに昨年7月の経済改革を通して試みているのですが、米朝国交正常化が
実現せず、朝鮮半島に冷戦構造が残っているため、(特に日米からの)外資導入が進
まず停滞気味です。政治の民主化と情報の自由化はそのあと、最後になります。中国
もその点まだ自由化されていません。「南北の統一は韓国の悲願」といわれますが、
必ずしもそうではありません。悲願という点では北朝鮮の方がはるかに強い。東西ド
イツ統一の教訓から韓国は統一を急いでいません。2000年6月の南北首脳会談で
「北の連邦制と南の連合制の共通点を確認し、対話を通じて自主的統一に向けて努力
する」ことで双方は合意したのです。その動きが停滞したのは、北を「悪の枢軸」と
見なして対決姿勢に転じたブッシュ政権登場にある、というのが韓国の現政権の見方
です。
(2)ついでに、私は「反ブッシュ政権」ではありますが、「反米」ではありませ
ん。ものごとをあまり単純化しないでいただきたい。10年間、国連職員を経験した
人間として、地球社会における「法と正義の支配」を望んでいます。国連強化、その
ための国連改革、その方向に向けての日本の提言と発言力強化を一貫して主張してい
ます。その意味で、ブッシュ政権の unilateralism (単独行動主義)は望ましくあ
りません。
(3)「情報の自由度」に関して、北朝鮮だけが管理と統制で一番徹底しているかど
うかは疑問です。現在のイラク、さらにイラン、サウジアラビア、イエメンなどのイ
スラム諸国はどうですか。体制批判は許されません。ミャンマーの軍事政権も似たり
寄ったりです。過去6回の訪朝で私が感じるのは、「情報の自由度」よりも極端な貧
富の格差です。私を農村に案内してくれる朝鮮労働党幹部は、たらふくメシが食えて
ベンツを乗り回している、片や食うや食わずの貧民がいるという状況です。彼らが
「脱北」するのです。社会主義を標榜しながら、とてつもなく不平等な階級社会に
なっているという事実です。
(4)「なぜ洪水が起きるのかを知り、知らせる努力をなさらないのか」とは失礼千
万。過去10年間の私の論述・著作・学会・マスコミ発言を少しは調べて下さい。単
行本だけでも、『動き出した朝鮮半島』(日本評論社)、『現代アジア最新事情』
(大阪経済法科大学出版部)の2冊があります。論文では「窮状深刻、今こそ援助
を」(東京新聞、1995年12月31日)、「北朝鮮支援に情報公開必要」(読売
新聞、96年9月20日)、「深刻度増す北朝鮮の食糧危機」(東アジア研究、98
年7月号)、「北朝鮮に風穴を開けるには」(This is 読売、96年11月号)、
「北朝鮮食糧危機と朝鮮半島平和の条件」(東アジア・レビュー、98年6月号)、
「私はなぜ北朝鮮に援助するのか」(雑誌『世界』99年7月号)など、これまでに
100本近くあります。いずれも単なる緊急人道援助でなく、治山治水、農業改善な
どの長期的開発援助の必要を説いています。与野党の国会議員にも訴えています。日
本の世論が動かないのです。
(5)現在、私は北朝鮮人道支援に従事している日本のNGO16団体の連絡会議の座
長をしていますが、どこも資金が集まらない、嫌がらせを受けると嘆いています。こ
のうち6団体は援助活動を中止してしまいました。ブッシュ政権ですら今年度10万
トンの穀物支援を決めていますが、日本政府は過去3年間一切の食糧援助を停止、さ
らに拉致解明要求のため経済制裁も検討しています。朝鮮学校の卒業生には国立大学
入学の門戸も閉ざすことを新たに決めています。
日本が強気に出れば相手が折れてくると思うのは大間違いです。「憎悪の連鎖」が拡
大するばかりです。以上。