送信者: "Kumao KANEKO" <kkaneko@eeecom.jp>
件名 : EEE会議(Re:「もんじゅ」裁判:抜本的な制度の見直しを!)
日時 : 2003年5月21日 12:13

各位殿

名古屋高裁金沢支部による「もんじゅ」判決が出てから早や4ヶ月、すでに国による
最高裁への上告申し立てが行われており、今後の最高裁の判断が注目されます。同判
決については、当EEE会議でもすでに繰り返し議論され、いろいろなご意見が表明さ
れておりますが、小生は、科学技術面の専門的な分析、批判は余人にお任せするとし
て、一社会科学者の立場から、この判決について考えて参りました。私見の一端は、
すでに判決言い渡し直後に当EEE会議で明らかにした通りですが(1月29日 12:24)、
最近ある雑誌に頼まれて以下のような小文を書きました。一般市民向けに書いた文章
で、専門家の方々の鑑賞に堪えるようなものではありませんが、ご一読いただきた
く、ご高評、ご批判を賜れば幸甚です。
金子熊夫

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先端科学技術開発と裁判制度:抜本的な見直しが必要
高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の設置許可を無効とした名古屋高裁金沢支部の判決
については、すでに三月末、国(経済産業大臣)から最高裁に上告受理申立理由書が
提出されており、また、多数の専門家が技術的な観点から種々の批判的意見を明らか
にしているので、今さら門外漢の私が発言するまでもないと思うが、敢えて一つだけ
私見を述べておきたい。

 周知のように、この高裁判決には二つの大きな問題点があって、一つは法律上の問
題、もう一つは技術的な問題であるが、私がこだわるのは勿論前者についてである。

 とはいっても、同判決が、伊方原発訴訟における最高裁の判例(一九九二年)を無
視し、かなり非現実的な仮定の下に「具体的な危険性が否定できない」として設置許
可を無効とした点などは、私も納得が行かず、間違った判断だと思うが、それらの点
にもここでは触れない。

 問題は、もっと根本的なところにあるのではないかと思う。そもそも、高速増殖炉
開発のような高度の先端科学技術上の問題点についての判断を司法裁判所に委ねるこ
とが適当かどうかという疑問である。

 言うまでもなく日本国憲法の下では、特別裁判所の設置は認められておらず、ま
た、行政機関による終審裁判は禁止されている(憲法第七六条)。しかし、例えば海
難事故については海難審判庁での審判が認められており、航空機事故については、航
空機事故調査委員会が広範な権限を与えられている。

もちろん、これらの準司法的な行政機関の裁決は終審ではないから、例えば、もし高
等海難審判庁の裁決に不満があれば、東京高等裁判所へ裁決取消しの訴えを提起でき
る仕組みになっている。

 米国では、例えば宇宙開発関係の重大事故(スペース・シャトル事故など)につい
ては特別の調査委員会が大幅な権限を与えられており、また原子力事故に関しては、
スリーマイル島原発事故(1979年)などの教訓を生かして、高度の独立性を持つ原子
力規制委員会(NRC)が設けられている。

 今日、科学技術の進歩発展は誠に目まぐるしいばかりであるが、それに比例して、
こうした先端的分野での事故やトラブルの因果関係も複雑化しており、これを適切に
判断するのは益々困難になっている。

原子力の分野でみると、五〇年近い研究開発の実績を持ち、全国で五二基が稼動して
いる軽水炉の場合はともかく、まだ研究開発途上にあり、国内でも特定の機関や専門
家以外はあまり関与したことのない高速増殖炉の場合は、判断が一層難しいのは当然
である。

 まして通常の裁判業務に携わる裁判官は、社会科学系の教育訓練は受けていても、
科学技術問題には必ずしも十分な素養があるとは考えられない。もちろん、今回の名
古屋高裁の担当裁判官たちが誠意と熱意を持って勉強し裁判に当たったであろうこと
は推察できるが、そうした個人的な努力にもおのずから限度があるのではないか。裁
判の過程で双方から技術的な説明を十分聴取したにしても、果たしてどれだけ正確に
実態を把握した上で司法判断を下したか疑問なしとしない。

 伝え聞く所によると、金沢支部では前後10回余、原告(主として地元住民)と被
告(国)から説明を受けたが、国側の担当者の説明振りは、原告側のそれに較べて素
人の裁判官には理解しにくいものであったそうであるが、そのような説明の巧拙で裁
判官の心証が形成されるということ自体、本来あるべからざることである。また、先
端科学技術の開発に伴う色々複雑かつ微妙な問題や状況を、そうした経験を全く持た
ない裁判官が良く理解しえたとは到底思えない。これは、もちろん個々の裁判官の資
質の問題とはあまり関係がない。

 しからば、代案としてどのような仕組みが必要か、あるいは可能かという点につい
ては、軽々には論じられないが、長期的には、先端科学技術開発活動の適否を、開発
サイドと市民サイドの双方の観点に立って公平に判断できるような制度を創設する必
要がある。現在法務省が中心なって進めている日本の司法制度改革作業の中でも十分
検討すべきである(陪審員制度の導入も検討に値する)。

 しかし、短期的には、現行制度の部分的改革、改善により対処せざるを得まい。そ
の際、少なくとも、原子力開発利用の科学技術面、とりわけ安全面を担当する立場に
ある原子力安全委員会がもっと中心的な役割を果たせるような仕組みが必要である。
ただし、そのためには、現在のように行政官庁の支援なしには独自の行動が出来にく
い安全委員会ではなく、例えば航空機事故調査委員会や公正取引委員会のような高度
の独立性と独自の調査・判断能力を持ったものに改善して行く必要がある。それはそ
れで大変なことであるが、日本の原子力の復権のためには是非とも断行しなければな
らない。


金子 熊夫  2003. 5.21