送信者: "Kumao KANEKO" <kkaneko@eeecom.jp>
件名 : EEE会議(Re: スイス国民投票で脱原発を否決)
日時 : 2003年5月22日 22:30

各位殿

先日(5/18)スイスで行われた国民投票で、脱原発提案が大差で否決されたことは速
報(5/19 12:01)でお伝えしましたが、この投票結果についての詳しい分析を、ある
欧州在住の専門家から送っていただきました。ご参考まで。 それにしても、小生寡
聞にして、本件に関する日本の報道を聞きませんが、どうなっているのでしょうか?
KK

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スイスの国民投票結果(2003年5月18日)
反原子力エネルギーに関するイニシアティヴ(国民発案)2件とも否決

<要約>
スイスでは、5月18日、反原子力に関するイニシアティヴ(国民発案)2件についての
国民投票が行なわれ、いずれも否決された。原子力エネルギー政策をすすめる連邦政
府は、今後、上記2案に対する政府対策として準備されていた新原子力エネルギー法
の発効に向けての手続きを行なうこととしている。

<スイスの原子力政策国民投票の結果>
スイスには、現在4ヶ所の原子力発電所、5基の原子炉が稼動しており、スイスにおけ
る電力の37.7%(過去5年の平均)を生産している。ちなみに水力が平均58.6%、残り
3.7%は、天然ガス、石油、バイオガス、太陽熱、また風力などによる発電という現状
である。

今回行なわれた国民投票では、反原子力エネルギーに関するイニシアティヴ2件
「Sortir du Nucleaire」案(脱原子力案)および「Moratoire-Plus」案(モラトリ
アム・プラス案)について国民の賛否が問われ、その結果、それぞれ66.3%(州別票
ではBale-Villeのみが52.1%の賛成率)および58.4%(州別票ではBale-Villeおよび
Bale-Campagneの2州がそれぞれ57.9%および50.2%の賛成率)の反対率で両案とも否決
された。2案は、いずれも複数の反原子力団体(WWF、グリーンピース、エネルギーの
ためのスイス財団、MEF-環境を考える医師たち、PSR/IPPNW-社会責任を考える医師た
ち、Equiterre、社会党、エコロジスト党、労働党、反アトム、リサイクル・エネル
ギーの開発協会および太陽エネルギーのためのスイス企業)の連合により発案された
ものであった。

<脱原子力案>
案件ひとつ目の「Sortir du Nucleaire」案(脱原子力案)は、原子炉の供用期間を
30年とし、すでに供用期間が経過しているBeznau発電所の2基およびMuhleberg発電所
(2ヶ所で総電力の3分の1)について、2005年に稼動停止。さらに、Gosgen発電所が
2009年、Leibstadt発電所が2014年にそれぞれ稼動停止とするものであった。代替と
しての非原子力発電(石油、ガス、重油等)は、熱回収システムがあることが条件と
され、さらに、使用済み燃料の再処理禁止、放射性廃棄物処理施設に関しては連邦と
その用地を有する州との合議で決定されること、原子力発電所停止に関わる諸費用は
発電所所有者が負担することなどが内容となっている。

<モラトリアム・プラス案>
2番目の「Moratoire-Plus」案(モラトリアム・プラス案)は、同案採択後10年間の
新規原子力発電所の建設禁止、また発電所の容量拡大を禁止するものである。さら
に、発電所の供用期間を40年とし(2009年から2024年にかけて、現発電所がそれぞれ
停止を迎えることになる)、その後10年の延長が可能であるが、その場合は国民投票
に図るとするものであった。この10年間モラトリアムの内容は、詳細は異なるもの
の、すでに1990年に国民投票で可決され実施されたものと同等である。これは、2000
年に失効したが、その後連邦政府が2つの発電所の容量拡大を許可したことも、反原
子力支持団体の発案を促すこととなった。しかし、1990年時点では、1986年のチェル
ノブイリの原発事故を受けて、国民の賛成を得た10年間モラトリアム案も、今回の投
票では否決され、政府の原子力政策に対する国民の信頼がある程度戻ってきた結果と
もいえる。

<各界のコメント>
今回の反原子力イニシアティヴ2案がともに否決されたことにつき、発案した左派連
合からは、「スイスが新エネルギー開発の国際的リーダーになる機会を逃した」、
「...放射性廃棄物については未だ解決案はなく、原発事故の危険は常にある」、
「...リサイクル・エネルギー開発プログラム縮小の可能性につながることになった
ことは残念である」、「...政府による《金を使った》キャンペーンにより、電気の
カット、電気料金高騰が国民に説かれ、反原子力に対する国民の不信を不当にあおっ
た」...、などの見解が示された。反原子力派は今回の否決にかかわらず、今後も反
原子力を目指し新たな発案をしていく意向である。
一方、スイス連邦政府および連邦議会は、スイスの発電所が安全で信頼のおけるもの
とし、原子力をエネルギー源の一つの選択肢とすべきとの立場で一貫していた。その
上で、脱原子力案は電力の供給に欠陥をもたらし(→電気代の高騰)、スイス経済に
不利益な影響を与えるとし、モラトリアム・プラス案については、原子力選択の可能
性を不必要に縮小し、また代替として想定されるエネルギーはCO2排出により、環境
を害することになるとしていた。今回の国民投票での結果は連邦政府の勝利ともい
え、今後は、原子力がエネルギー政策の選択肢の一つとして認められたことを意味す
る。

<今後の動向>
国民は当座のエネルギー政策として原子力の存在を認めたものと思われるが、2020年
頃までには稼動停止となる予定のBeznauおよびMuhlebergにある計3原子炉の代替とし
て、新原子力発電所を建設するか別の新エネルギーを開発していくかが今後の課題と
なるだろう。連邦政府は、上述の反原子力イニシアティヴへの対策として、2003年春
の連邦議会に新原子力エネルギー法(Loi sur l’Energie Nucleaire)を提案し、可
決されている。ルーエンベルガー連邦環境・交通・エネルギー・通信大臣によれば、
同案には発電所稼動停止諸費用についてのファンドの設立、放射性廃棄物処理に関す
るファンドの設立、また新原子力発電所建設に関し国民投票にかけることが可能であ
ることなどが盛り込まれ、投票では国民の連邦政策に対する支持を受けたものとして
いるが、今後原子炉の存在が認められる基準は安全性であるとし、政府および関係者
の厳しい監督が必要であるとしている。
今後、連邦政府による新原子力エネルギー法が公示され、100日以内に異議を唱える
署名が5万名に達すれば、今度は、同法に対する国民投票が実施されることとなる。