各位

 天野さんのご意見に対して、近藤さんからメールが寄せられました。
 ご参考ください。

 代行WG 

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各位

天野様のご発言に関連したことで、ご関心を持っていただきたいことがあります。

それは、小生が部会長をおおせつかっています原子力安全委員会安全目標専門部会が
安全(リスク)目標の制定に向けて過去2年半の議論に一区切りつけようとしている
ことです。これは、おっしゃるように安全確保活動とはリスク管理活動であり、この
点から効果的かつ効率的な活動であるように常にPDCAのサイクルをまわしていくべき
ところ、リスクを食わず嫌いする結果、現実を直視せず、また、このことのもたらす
利益も享受できずにいる我が国社会の有様を何とかしなくてはということで、原子力
の専門家はもとより、リスクコミュニケーションの専門家や非専門家も(安全委員会
の会合としては例外的に多く)委員として参加いただいての作業なのですが、これま
で2回の公開ワークショップをもち、審議を重ねて、近々一応の中間とりまとめを用
意するべく、今月中にさらに2回ほど会合を予定しているところです。

リスクコミュニケーションのあり方については1970年来、世界各国で多くの議論
が重ねられ、現在はリスク受け入れに関してはリスクデリベレーション、つまり利害
関係者の共同討議共同決定が適切な方法とされているところ、おっしゃるように、我
が国では自らリスクを正直に語るところが少ないままに今日に至り、世界の潮流から
随分と遅れてしまったのですが、私どもが議論を開始してから、どういうわけか、食
の安全や医療、その他の行政分野でリスクを正面から取り上げる社会的雰囲気がでて
きましたので、このような方法論が求められていることを認識してワークショップを
開催して共同討議の練習もしながら議論を進めてきた次第です。

ところで、我が国でリスクを扱う場合、リスクそのものもそうですが、その推定には
不確実性が伴うところ、それは我々の知識の不十分さの反映であって逃れがたいもの
であることの理解が不足していて、不確かさが大きいからリスク評価は使えないとい
う、世界の専門家があきれ果てるような逃げ口上が平気で使われる一方、わが社のプ
ラントの炉心損傷頻度は0.89x10-6/年だというような不確かさの存在をま
るっきり無視した表現を使う人が後を絶ちません。

例えば、我が国の特定地域の大地震の歴史上の記録は数例しかありませんから、その
地区の10-7/年に一度というような地震動の大きさの推定には大きな不確実性が伴
い、したがって、我々のプラントがそんな頻度でしか大事故を起こしませんといおう
としても、そのために必要になる、それくらいまれなしかし巨大な地震動に耐えるか
どうかの検討を踏まえてのリスク推定にはファクター30から100程度の不確かさ
が伴うのは当然です。人間の振る舞いにしても、なかなか100分の1の精度で議論す
ることは難しい。だから、あまり小さな数字を扱っても不確実性の海におぼれてしま
うのです。この分野の創始者の一人ファーマー氏ではありませんが、それは説明不可
能な世界で遊ぶ不誠実な態度ということになります。だからこそ、世界の賢人が集
まって作られたINSAGレポートは、いまから10年以上前ですが、現状の安全確保努
力を丁寧に実行すれば、発電炉の炉心損傷確率は10000炉年に一度程度を超える
ことはないようにできるであろうとしたのです。ただ、筆が滑ったか、これから建設
される原子炉では一桁小さく出来るとしているのですが、これは、そんな線引きが出
来るわけでもないところ、実務家からは批判の絶えないところです。実際、世界の多
くのプラントの炉心損傷頻度はこのふたつの数字の間にあり、その推定の不確かさは
ファクター3から5程度と思います。

そういう現実を踏まえつつ、今後の安全行政の土台になるリスク目標を用意できれば
と関係者一同努力しているところですので、この部会の活動に対しても関心をもって
いただき、忌憚のないご批判とご支援を頂戴できればと存じ、お願い申しあげる次第
です。

近藤駿介(東京大学教授)