EEE会議(ドイツの脱原子力政策を探る)
2003/6/18

各位

日本は暦の上ではいま梅雨の季節のはずですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

下って小生は、6月1日から引き続きヨーロッパ各地を旅行中で、目下ドイツに来て
おります。       
ベルリンはいま、市内のいたるところに、白い釣鐘のような小さな花をつけた菩提樹
が青々と茂り、その下を行く旅行者の心を和ませてくれます。

今回のヨーロッパ旅行の最初にドイツを訪問した理由の一つは、「脱原発」の旗印の
下、独自路線を驀進するかに見えるこの国のエネルギー政策の実態をこの眼でしかと
確認したかったからにほかなりません。

最初に訪れたドイツ原子力のメッカ、カールスルーエ研究所では、INFCE時代
(1977-80年)以来の旧知の所長の案内で、原子炉事故のシミュレーション装置などの
実験施設を見学させてもらったりしましたが、5年前の前回訪問時に比較して全体的
に沈滞ムードが漂っている印象を拭えなませんでした。ただ、同所長は、いずれドイ
ツが再び原子力を必要とするときが必ず来る筈で、そのときに備えて、いまはひたす
ら耐え忍んで、原子力研究のレベルを落とさないよう、一生懸命頑張っているのだと
言っていました。

 続いて、エルベ川に近いニーダーザクセン州のゴアレーベンでは、ヘルメット、懐
中電灯など完全装備で地下1,300メートルまで降り、岩塩層を刳り抜いた広大な放
射性廃棄物貯蔵施設をジープに乗って見学させてもらいましたが、ここでも脱原発政
策に伴なう予算と人員の大幅削減で、少数のスタッフが辛うじて現状維持に努めてい
る感じでした。数年前までこの施設の周辺にテントを沢山張って過激な妨害行動を繰
り広げていた反原発グループも今やすっかり影をひそめ、あたかも「つわものどもが
夢のあと」(芭蕉)の風情です。それにしても、中間貯蔵施設の立地問題で苦労して
いる日本に比べれば、厚い岩塩層がふんだんにあり、その気にさえなれば(それが大
問題なのでしょうが)、技術的には比較的容易に廃棄物貯蔵が可能なドイツの悩み
は、ある意味では「贅沢な悩み」ではないかという気もしました。

 ベルリンでは、旧東ベルリンにある環境省―正式の名称は「環境、自然保護、原子
炉安全省」(Bundesministerium fur Umwelt, Naturschutz und
Reaktorsicherheit)―やドイツ・エネルギー庁(Deutsche Energie Agentur GmbH =
DENA  半官半民の研究開発機関)などを訪問し、当国のエネルギー政策の現状と
問題点について、それぞれの担当官から詳細な説明を受けました。
当然のことながら、彼等は、現在電力の約30%を占める原子力の存在を認めながら
も、いずれ30年以内に原子力はドイツから完全に姿を消すはずだから、今後は風力
やバイオマスを中心とする再生可能エネルギー源の開発に全力を注ぐとして、将来計
画を情熱的に語ってくれました。

ただし、肝心の風力については、立地や環境(景観など)の関係で陸上での増設は次
第に困難になっており、本年あたりをピークに減少し始める。代わりに3、4年後か
らは洋上(off-shore)風力発電所の建設が本格化する。すでに、北海やバルト海の
排他的経済水域(EEZ)内で、水深が30〜35メートル、風量が年中安定していて、しか
も航行の妨げにならない地域に、支柱の高さ124メートル、プロペラの直径114
メートルという巨大な風力発電所(ENERCON社製、1基の出力は4・5メガワット)を
建設する計画が出来上がっており、明後年からテスト運転が始まるとのことでした。
現在風力は総発電量の3・5%程度ですが、2050年には15%まで増やす計画
で、同年における再生可能エネルギー(風力、バイオマス、水力、太陽光など)は5
0%に達するということです。誠に野心的な計画であることは間違いありません。

しかし、問題は、再生可能エネルギー開発に必要な膨大な資金をどうして捻出するか
で、今後EUでエネルギー関連補助金の廃止が決まれば、ドイツも打撃を受けざるを得
ません。その結果電力不足が生じた場合、手っ取り早く火力発電を増やせば当然CO2
が増加するでしょうし、フランスから原子力による電気やデンマーク等から風力・火
力による電気を輸入すれば、それだけ出費が嵩み、国際競争力を殺がれ、失業者が増
えるでしょう。その時になって慌てて原発復活となっても手遅れということにならな
いか。

周知のように、ドイツと同じくTMI事故やチェルノブイリ事故で衝撃を受け、198
0年の国民投票の結果を踏まえて段階的な脱原発政策を決定していたスウェーデンで
は、その後代替エネルギー開発が一向に進まず、脱原発政策は事実上凍結されている
し、スイスでもつい最近国民投票で、脱原発政策が大多数の反対で否決されておりま
す。

ドイツの脱原発政策に対しては、かねてよりEUのde Palacio副委員長(エネルギー
政策担当)等から、「自分勝手だ」という厳しい批判が浴びせられております。EUと
しては原子力は引き続き重要な役割を演ずるという立場を取っておりますが、ドイツ
は、EUに新規加盟する旧東欧諸国に対し脱原発を加盟の前提条件にすべし等とつよく
主張しています。de Palacio女史の批判はこうしたドイツのやり方に対するもので
す。

実は今回訪独してみてよく分かったのですが、ドイツ国内でも、現在の社民党・「緑
の党」連立政権のエネルギー政策に懐疑的な意見は少なくないようです。数年来の脱
原発政策も、再生可能エネルギーの開発が前提になっているわけですが、果たして政
府の計画通りに行くかどうか、疑問視する声が随所で聞かれました。ベルリンの日本
大使館の高島大使や担当参事官、書記官らも、かなりシビアな見方をしているようで
す。

小生も、そうした疑問を当国政府部内のいろいろな専門家に率直にぶつけてみました
たが、予想されたように、返ってくる返事は異口同音、「政権がどう変わろうとも、
ドイツの脱原発は市民感情に深く根ざすものだから、変わることはまずないだろう」
ということでした。確かにこの国では、一般市民レベルでは環境保護優先主義が広く
浸透しており、脱原発が「緑の党」など一部の政治がかったグループだけの主張でな
いことは、そのとおりでしょう。また、「緑の党」自身も政権与党になってからかな
り現実的な路線をとるようになってきており、必ずしも以前のような脱原発一点張り
でもなさそうです。今後ドイツの状況がどうなって行くか、我々としても引き続き
しっかり見守って行く必要があると感じた次第です。 (了)


(注)このドイツ報告は縮小した形で、近日電気新聞の時評欄「ウェーブ」に掲載さ
れます。