EEE会議(イラン核問題と米国の対日圧力)
2003/6/30

各位殿
 
このところ米国ブッシュ政権は(北朝鮮核問題より先に)イランの核兵器計画を潰すために対イラン圧力を強化しつつありますが、その一環として、イランでの油田開発事業から日系企業を撤退させるよう、日本政府に対して圧力をかけてきているようです。
 
世界的な英国の経済紙Financial Times(6/28)によれば、米国政府は最近、日本の企業連合が長年交渉を進めてきた総額20億ドル(約2400億円)の大型プロジェクトであるイランのアザデガン油田開発計画について、日本にこの計画から撤退するよう圧力をかけていると報じております。これが事実だとすれば、1978−9年の第二次石油危機の際に米国政府がかけてきた対日圧力をまさに髣髴とさせる動きであり、大いに警戒する必要があります。
      
この記事が、米政府当局者らの話として伝えたところによれば、ライス大統領補佐官やアーミテージ国務副長官がワシントンの加藤駐米大使ら日本政府高官と接触し、また6月中旬にカンボジアで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)の際には、パウエル国務長官が川口外相と会談し、本件見直しを持ちかけてきたとのことです。もっとも昨日(6/30)付けの朝日新聞記事によれば、日本の政府関係者は米国からこのような具体的な要請があったかどうかについては、直接の確認を避けているようですが、
同様の記事は、産経新聞(6/20)でも報じられており、外務省筋の話として、「米国はこの問題を深刻に受け止めている。日本が米国の懸念表明を押し切って契約に踏み切れば、日米関係にも影響が出るかもしれない」と指摘したと紹介していますので、米国政府から相当つよい働きかけがあったことはほぼ間違いないようです

さらに上記Financial Timesによれば、個別取引にまで米国が直接介入するのは初めてと見られ、米国が核開発やテロ組織アルカイダへの支援が懸念されるイランへの圧力を強める中で、「最初の犠牲者」が、イラク戦を支持した数少ない同盟国日本に向けられたのであるとしています。

ここで、参考までに、エネルギー資源という観点からイランと日本との関係を振り返っておきますと、イランは、世界第5位の石油埋蔵量と世界第2位の天然ガス埋蔵量を有する資源大国であり、日本は、輸入原油の約12%をイランから購入してきました。またイランにとっても日本は最大の原油輸出先でもあります。日本は、原油の安定供給及び中東地域の安定確保の観点から、イランとの関係を重視し、特に改革派ハタミ現政権発足後は、積極的にハタミ大統領の対外融和路線を支援してきました。

特にイラン南西部にあるアザデガン油田は、イラン最大級の油田(確認埋蔵量は約260億バレル)であり、2000年のハタミ大統領訪日時に両国間で交渉開始に合意し、2001年7月、平沼赳夫経済産業相がテヘランでハタミ大統領と会談し、開発の早期契約に向けて努力することで合意した経緯があります。

参加する企業連合は、国際石油開発(旧インドネシア石油)、石油資源開発、トーメンの3社で、Financial Timesによれば、この企業連合の関係者が数日内に契約を結ぶためテヘランで今まさに待機しているようです。

実は、このアザデガン油田には採算を疑問視する声があるのも事実で、地表が石灰岩質で覆われているため、効率的な採掘は困難とする見方や、油質への疑問もあるようです。しかし、2000年に失効したアラビア石油のサウジアラビア・カフジ油田をめぐる交渉失敗の挽回を狙う経済産業省、2005年3月に廃止される石油公団の天下り先確保、再建中のトーメンの生き残り作戦などの思惑が絡む複雑な背景を持つ事業となっているという見方も業界の一部にはあるようです。

今朝偶々小生のところに届いたあるメルマガ情報によれば、「本件企業連合の国際石油開発(旧インドネシア石油)は、石油公団が50%出資しており、石油資源開発の石油公団の出資比率は66%である。この二社には、すでに多くの石油公団退職者が役員として
天下っている。そして、残る一社であるトーメンも豊田通商との経営統合を念頭に経営再建中である。しかも、トーメンは、5月30日に約100億円の第三者割当増資の詳細を発表し、増資引き受けで、豊田通商は出資比率が現在の約11%から19.71%に高まり、新たにトヨタ自動車は10.64%を出資する2位株主となる。つまり、実質トーメンはトヨタグループ企業となる。」ということです。トヨタ自動車会長の奥田碩氏は、いうまでもなく、日本経済団体連合会の初代会長であり、政府の経済財政諮問会議等々の重要メンバーでもありますので、政府・財界関係者は、この事態を深刻に受け止め、目下対策を協議中と見られます。
因みに、上記メルマガ情報によれば、米国の「イラン・リビア制裁強化法(通称ダマト法)」は、イランとリビアの石油・ガス部門に年間2000万ドル(当初は4000万ドル)以上投資する外国企業に制裁を科す法律で、1996年8月に成立したものですが、米上下両院は2001年7月、同法を5年間延長する法案を可決し、ブッシュ大統領が同年8月3日に署名して成立したものです。

このイラン・リビア制裁強化法で動きのとれない米石油メジャーをしり目に、日欧企業がイランに投資攻勢をかけてきた。フランス・ベルギー・ドイツの連合体である石油メジャー・トタル(旧トタルフィナ・エルフ)は、カスピ海からイランの湾岸に抜けるガス・パイプラインの建設を検討、伊ENIも油田開発に調印している。中国もイランでの資源開発に意欲的な姿勢を見せており、米メジャーは焦燥感を強めていた。イランの核開発への懸念を強めている米政府は6月25日、国際的な圧力を強める一環として、「イラン・リビア制裁強化法」の海外企業に対する適用を強化する方向で検討を開始した。各国企業をイランとの取引から撤退させることによって、イランへの実質的な制裁を強化、外交攻勢をいっそう活発化させる狙いがある。(以上上記メルマガ情報)

別途、6月24日付の米紙Washington PostはABCテレビとの合同世論調査結果を発表しましたが、それによれば、イランの核兵器保有阻止のため米軍の軍事行動を支持すると答えた人は56%で、反対は38%にとどまったと報じており、不気味な兆候も見え始めています。ただし、現時点では、米国がイラク同様の武力行使を直ちにとるとは考えにくいと思われます。当面、対イラク戦を見せしめに、チェイニー副大統領、ライス大統領補佐官等が適当に強硬発言を繰り返しながら、イラン、そして北朝鮮への「封じ込め」政策を強化しつつ、イラク戦争で綻び始めた「パクス・アメリカーナ」の再構築を目指すことになるのでしょうが、そうした一連の動きの中で、日本のアザデガン油田問題が最初のターゲットになったものとみることができると思います。

従って、米国が圧力をかけたい本命は、フランスを中心とする欧州勢、つまりラムズフェルド国防長官のいう「古い欧州」であり、いずれそうした米国の「封じ込め戦略」の全貌が明らかになるものと予想されます。

現在小生の所に入ってくる各種情報によれば、日本側は米国の圧力に懸命に抵抗しているようで、イラン核問題をめぐる国際原子力機関(IAEA)での協議で進展が見込まれる9月ごろまで、契約を先延ばしすることで凌ごうとしていると見られます。しかし、ブッシュ政権としては、イランそして、北朝鮮問題は2004年の大統領選に向けて、いつでも使える状態に温存しておきたいカードであり、従って、少なくて1年、再選された場合は、5年間の延期も覚悟せねばならないでしょう。ここは一番、日米同盟堅持という外交的観点だけでなく、日本のエネルギー安全保障確保という政治経済的観点に立って、慎重かつ大胆な対応が必要と思われます。
 
他方、こうした動きは、日本の相も変らぬ中東石油依存体質の危険性を改めて浮き彫りにするもので、石油・ガス資源輸入先の多角化(シベリアのパイプライン計画もその一環)を急ぐべきでありますが、同時に、石油代替エネルギーとしての原子力の重要性についても、この際国民の再認識を促すチャンスととらえるべきではないかと考えます。そういう意味で、我々自身いつまでも国内問題だけに目を奪われていないで、国際的な動きにもっと注意することが肝要と思いますが、皆様はどうお考えですか。
 
金子熊夫