EEE会議(Re:燃料電池=水素エネルギー開発の問題点)内田裕久氏........................2003/7/19
 
標記の件に関し、水素エネルギー研究の第一人者である内田裕久氏(東海大学工学部長、工学部応用理学科エネルギー工学専攻教授)からも、次のようなメールをいただきました。ご参考まで。--KK
 
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燃料電池の研究開発状況について---私の意見

来年,横浜で1000人程度の参加者を予想し,水素エネルギー協会が世界水素エネ
ルギー会議を開催いたします。
メインテーマは燃料電池の研究開発状況と各国自動車メーカーの燃料自動車のデモで
す。
しかし,開催主催のわれわれはこの会議が燃料電池研究開発のひとつの区切りになる
のではないかと考えています。このまま爆発的なブームに乗って燃料電池の研究開発
を進めて行くことはきわめて危険であるという危機感jを持っているからです。

金子先生ご指摘のように,燃料電池の研究開発はブームという状況にあり,研究開発
の進展では,カナダ,日本,米国が先頭を走っています。
どの国も大学よりも産業界が開発はじめ,旗振り役を推進しているのが特徴でしょ
う。

日本国内についていえば,昨年度,政府は突然,水素エネルギー関連の大型プロジェ
クト
「WE-NET」プロジェクトを打ち切り,燃料電池開発に特化したプロジェクトに切り換
えてしま
いました。これには大きな問題があると,水素エネルギー関係者は考えています。水
素の製造,貯蔵,利用というインフラ技術の基礎研究は実に大切なものであり,これ
を軽視して,一気に燃料電池(自動車)実用化に特価したプロジェクトへと政府は進
めようと決定したからです。

燃料電池は明日にでも使える様な印象を与えていますが,一般の人々が使える様にな
るまで,すなわち,耐久性,価格,その他エネルギー収支の問題など未解決課題が
多々存在しています。
自動車を動かすことは可能です。しかし,燃料電池内部の電極をはじめとする材料の
生産性,耐久性,商品価格を実用的レベルにまで持ち込むには大学レベルの基礎研究
が尚必要なのです。「なぜ,燃料電池自動車がお役所にしかリースされていないの
か」という事実をみて頂ければ想像できるかと思います。
水素エネルギー,燃料電池の研究開発に携わっている我々研究者が恐れているのは,
「今すぐにも商品化できると言われている燃料電池はいつになったら商品としてでて
くるのか。できないのならばそんな研究は止めてしまえ」という反動です。
30年来,太陽光エネルギー,水素エネルギーの研究を行ってきた私は,実際,80
年代から90年代初期にかけて,「発電コストに見合わない様な太陽,水素など研究
開発の対象外だ。そのような研究は止めるべきだ」と,いまや太陽光パネル生産世界
一を誇る企業から,また電力会社系研究所から散々叩かれ,罵声を浴びせられてきま
した。 燃料電池についても,同じようなことが起きるのではないかと恐れているの
が私の実感です。

燃料電池の応用は自動車だけではありません。むしろ定置型として家庭・施設用補助
電源として利用する重要な役割があります。
水素ガスをプロパンガスの様に家庭に配給することで発電運転ができます。自動車搭
載用という条件がつくと,軽く,振動・熱への耐久性,超寿命が要求されます。さら
に自動車価格の原理「1円/1グラム」に近づける開発が尚あります。

ドイツでは「再生可能エネルギーの変換,貯蔵,輸送に水素を使う」「旧東独地域の

イオマス,風力も水素製造に組み入れ,新産業を興し,地域活性化の施策にする」と
いう明確な新エネルギー政策が連邦政府にあります。
州独自でもバイエルンではBMWが液体水素自動車の実用化と,液体水素供給ステー
ションをミュンヘン空港周辺に設置しています。この技術は燃料電池自動車が商品化
された場合,水素供給の重要なノウハウになります。
アイスランドは国をあげて水素を利用したエネルギーシステム構築を始めました。

日本は,「電力会社,産業界の意向に引きずられたエネルギー政策」が政策であり,
未来へ向けた哲学やシナリオが出てきません。燃料電池ブームの仕掛けは少なくとも
大学,関連学会ではなかったということは事実です。
「燃料電池騒動」も日本政府がどのような情報,提案を基に「実用化間近」というプ
ロジェクトを立ち上げたのか。

トヨタ自動車をみれば,ガソリンエンジンと電気モータを組み合わせたハイブリッド
車を商売にし始めており,燃料電池自動車商品化までのつなぎとも取れますが,ハイ
ブリッドが当分主流になる可能性は大きいと思います。20年後に,燃料電池とハイ
ブリッド自動車が共存していて,LCAでみても大差ないという試算もあります。
ハイブリッド車には水素吸蔵合金を使った蓄電池が使われています。このニッケル水
素蓄電池も,私の研究室で1000回以上の充電放電を確認し,新聞報道されたのが
1988年でした。そこから商品化に向けた開発が加速され,小型蓄電池,そして自
動車用蓄電池と実用化へ発展してきました。水素吸蔵合金の発見1960年代後半か
ら,トヨタプリウスの商品化まで40年以上かかったのです。
燃料電池の商品化もまだ時間がかかると見るべきと考えます。

しかし,「だから燃料電池の研究や,水素製造,貯蔵,利用というインフラ技術に関
わる研究を止めるべきである」とは考えないで頂きたいのです。

いま水素を利用した種々のシステムが商品化されています。地域活性化と結びついて
いるケースが多く,地下水,工場排熱と組み合わせた冷凍・冷蔵庫(食料貯蔵用),
太陽・風力を水素として貯蔵し,燃料電池に供給する小型発電システム等,研究開発
は活発化しています。

水素の製造は最も重要な課題であり,原子力利用による水素製造,また放射性物質
と水素化合物の混合燃料の利用研究など,原子力と水素は少なくとも研究レベ
ルでは近づいています。

金子先生は「マスコミはじめ社会が基幹電源の原子力に反発し,商品化時期が不明な
燃料電池を称賛しているのは余りにも対照的」と指摘されていますが,本来比較され
るべきシステムではありません。マスコミの報道の仕方が悪いといえます。
いま自動車用などに注目されているタイプは基幹電源などになり得ないタイプの燃料
電池です。これ以外に大型発電所規模での利用が期待されているタイプの燃料電池の
研究はまだ基礎研究段階です。

社会が不況だからでしょうか,マスコミも景気のいい話しも必要でしょう。しかしい
ま騒がれている燃料電池はまだまだ基礎研究が不可欠な段階だという理解を社会には
理解していただきたいというのがわれわれ関係者の本音です。

最後に一言付け加えるならば,トヨタが開発したハイブリッド技術は,国内では日産
自動車も受け入れた事実はご承知だと思いますが,米国の自動車メーカーには開発で
きないようで,技術から離れた政治的な働きが米国から日本に対してあるような噂も
聞いております。ロケット,宇宙開発を通して水素利用技術では伝統も実績もある米
国ですが,民生技術になると,日米協力よりもむき出しの経済競争心がはたらくので
しょうか。
政治経済に関しては金子先生がプロですから,今後の米国情報を期待しております。

    内田 裕久

東海大学 工学部長
工学部応用理学科エネルギー工学専攻 教授
〒259-1292 神奈川県平塚市北金目1117

*)水素エネルギー協会(HESS)副会長

   Dr. Hirohisa UCHIDA
1)Dean
   School of Engineering, TOKAI UNIVERSITY
2)Professor
   Course of Energy Engineering
   Department of Applied Science
   School of Engineering   TOKAI UNIVERSITY
   1117 Kita-Kaname, Hiratsuka-City
   Kanagawa 259-1292
   JAPAN
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Editor,  Journal of Alloys and Compounds, Elsevier
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E-mail: huchida@keyaki.cc.u-tokai.ac.jp