EEE会議(北朝鮮の「核保有」の虚実:吉田康彦氏の分析)............................................2003.7.31
 
本日(7/30) 付け電気新聞の時評「ウェーブ」欄に吉田康彦氏(大阪経済法科大学教授)による下記の原稿が掲載されました。注目すべき分析と思われますので、ご参考までに紹介します。
--KK
 
******************************************
 
    北朝鮮の「核保有」の虚実      吉田康彦 

 1年前に本欄で「北朝鮮は本当に脅威か」と脅威の本質に疑問を呈して以来、久々に取り上げるが、“脅威”除去の努力をしようとせず、これを「追い風」にして周辺事態法に続いて有事三法制定に走り、集団自衛権行使をめぐる政府解釈を変え、ミサイル防衛網配備、独自の情報収集衛星打ち上げに向かおうとしているのが小泉内閣だ。防衛庁関係者は“脅威“大歓迎だ。

 いま北朝鮮は「核保有」の既成事実づくりに躍起になっている。しかしブッシュ政権はこれに取り合わず、「お手並み拝見」とばかりに事態を静観しながら、日韓両国には逆に危機感を煽って、金正日体制締めつけに協力するよう圧力をかけているのが昨今の状況である。

 北朝鮮は10年前、寧辺地区の5000キロワットの実験用発電炉を停め、使用済み核燃料を取り出して再処理してみせて、NPT(核不拡散)体制にチャレンジするという“核開発”疑惑でクリントン政権を振り回した。

 その結果がKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)創設、軽水炉2基提供、完成時点までの重油年間50万トンの供与という“おいしい”内容の「米朝枠組み合意」の締結となったのだが、クリントン在任中に米朝国交正常化にこぎ着けられず、体制生き残りの保証を米国から取りつけられなかった。

 代わって登場したのが強面(こわもて)のブッシュ政権で、クリントン前政権の金正日懐柔政策を全面的に見直し、逆に北朝鮮をイラン、イラクとともに、大量破壊兵器をテロリストに手渡すおそれのある「悪の枢軸」と名指しして、先制攻撃の対象に指定した。

 そこで北朝鮮は、昨年秋から今年初めにかけて、凍結に応じていた10年前の「核開発」施設の再稼動、IAEA(国際原子力機関)査察官追放、NPT脱退と相次いで手を打ち、逆に危機感を盛り上げてブッシュ政権を揺さぶってみたものの効き目がなく、4月末、北京での米中朝3国協議では「核保有」を告白、さらにその後は8000本の使用済み燃料の「再処理完了」を通告、しきりに譲歩を引き出そうと試みているが、「対話はするが交渉はしない。恫喝には応じない」というのがブッシュ政権の方針で、動じる気配がない。ノドン・テポドンミサイルに搭載可能な小型核弾頭保有には至っていないと見ているのだ。

 その背景には、米国が北朝鮮の核開発能力が初期段階にあることを見抜いていて、「時間稼ぎをして金正日体制を崩壊に導く」という戦略がある。プルトニウムを材料とする核弾頭生産には核爆発実験が不可欠であるにもかかわらず、北朝鮮はまだ核実験をしていない。確認されている限り、起爆装置の実験を別個に行っているだけだ。

 国連安保理決議による制裁をちらつかせながら核・ミサイルの廃棄を迫る、これを多国間協議の場で誓約させるというのがブッシュ政権の方針で、中国に協力を求め、日韓両国をこれに同調させようというのだが、金正日体制崩壊を何としても回避したい盧武鉉政権は必ずしも同調していない。

 日本はどうか。昨年9月の小泉訪朝の際、日朝首脳が署名した平壌共同宣言は、「北東アジアの平和と安定のための多国間安保の枠組みづくりの第一歩」として国際的に高く評価され、ニューヨークタイムズはこれを「日本が対米追随外交から脱却しようとする歴史的快挙」と称賛したが、金総書記の拉致の告白・謝罪が逆効果となり、日朝国交正常化の歩みは止まってしまった。

 拉致問題の解明も「日朝間の懸案」として正常化のプロセスの中で話し合うことを共同宣言で両首脳は約束しているのだが、小泉首相はタカ派の安倍官房副長官にすべて「丸投げ」してリーダーシップを発揮しようとしていない。

 金正日総書記が拉致を認め、日本の植民地支配に対しては(従来の主張である)補償を諦めて経済協力に応じたのも、ブッシュ政権が動じないので、いわば日本に“救い”を求める形で、折れて出て、体制生き残りを画策したのだが、日本は拉致問題だけに固執してこの手を振り払い、対米追随の道を選ぶ結果になった。歴史はこれをどう判断するだろうか。

            (『電気新聞』2003年7月30日付「時評ウェーブ」欄・掲載前の原文のまま)