EEE会議(Re:イラン核問題: 核査察と「追加議定書」とは?)................................................031101


ブッシュ大統領が「悪の枢軸」と名指した3カ国のうち、残ったイランと北朝鮮につ
いては、目下いろいろな動きが同時並行的に展開されており、なかなか複雑な様相を
呈しています。その中で、とくにイランについては、日本のエネルギー(石油)安全
保障にも大いに関係するので、当EEE会議で時々情勢分析をお伝えしてきましたが
(核兵器開発問題については、10/22,24、 アザデガン油田問題については9/22,23な
ど)、どうも実際の状況は、日本のマスコミが伝えるように「イランは核開発を断念
した」というような簡単な話ではないようです。北朝鮮核問題についても日本のマス
コミ報道はmisleadingな面が多いと日頃から感じています。

その原因の一つは、国際原子力機関(IAEA)絡みの「保障措置」、「査察」、「追加議
定書」などという核問題特有の概念が一般に正確に理解されていないことだと思いま
す。 一度専門家に詳しく解説してもらいたいと考えておりましたところ、たまた
ま、最近EEE会議に特別会員として入会された方(匿名希望)から、タイミングよく
次のようなメールをいただきました。今後のイラン問題を考える上で大変参考になる
と思いますので、早速ご披露します。 匿名氏には厚く感謝いたします。なお、この
分野に薀蓄のある方々の関連コメントや情報の提供を歓迎します。
--KK

***************************************

 
「イランと追加議定書について」

 最近、このEEE会議に参加させていただきました。イランの核疑惑問題に関し
て、これまで何度か話題になっておりますが、いくつかの点を申し述べたいと思いま
す。

1.イランと英仏独の3ケ国外相の共同声明
 10月21日にイランが英仏独の3ケ国外相と共同声明を発表し、その中にIAE
Aとの間で(NPTに基づく包括的保障措置協定の)追加議定書に調印することを決
定したという項目があります。また、米国もこの共同声明を歓迎すると発言したとの
報道もありました。ここで、あまり報道されていないことですが、米英独仏ともそれ
ぞれの保障措置協定の追加議定書に署名はしているが、発効はさせていないというこ
とです。つまり、自分の国ではまだ実際には受け入れていない措置をイランに求めた
という点です。
 ここで、米、英、仏はNPTにいう核兵器国であるからIAEAとの保障措置協定
は、NPTに義務づけられた包括的保障措置協定(フルスコープ保障措置協定)では
なく、ボランタリー保障措置協定(核兵器国が申告する適格施設のうちの一部の選択
施設にしか保障措置が適用されていない)であり、さらに追加議定書はこのボランタ
リー保障措置協定に対する追加議定書である(したがって、非核兵器国が受け入れて
いるような追加議定書の措置(中心は拡大申告と拡大立入り)が全て盛り込まれてい
る訳ではない)ことから問題はないのだ、という意見もあるかもしれません。
 しかし、米国は1998年6月に追加議定書に署名はしているにもかかわらず、5年以
上も批准を行わないため発効していないという状況にあります(もっとも、包括的核
実験禁止条約(CTBT)の場合のように、署名したにもかかわらず批准するつもりが
ないというような表明を行っているわけではないだけましかもしれません)。一方、
EU15ケ国の追加議定書(正確には、英・ユーラトム・IAEA間の追加議定書、
仏・ユーラトム・IAEA間の追加議定書、独を含む13ケ国・ユーラトム・IAE
A間の追加議定書の3つ)の署名は1998年9月であり、実際は、英仏独など13ケ国
は国内の批准手続きを終えているが、アイルランド(カトリック教会への補完的アク
セスの権利の有無が争点との情報あります。ちなみに、アイルランドはNPTに最も
早く署名した国です。)とイタリアの批准手続きが済んでおらず、EUは15ケ国分
の追加議定書を同時に発効させる方針のため、現時点ではまだ発効させることができ
ない、ということになっているようです。ちなみに我が国は署名は1998年12月と欧米
より遅かったのですが、1999年12月には批准し発効させています。
 したがって、イランに追加議定書を受け入れを迫る資格を持っているのは、本来、
英仏独ではなく、追加議定書を発効させている我が国であったのではないかと思う次
第です。特に、我が国は、米国にはない独自の外交をイランとの間でもっていたと言
われていましたし、アザデガン油田の問題の関係からもイランの核疑惑問題の解決を
望んでいたわけです。
 但し、イランと英仏独の3ケ国外相の共同声明の中には「3カ国外相はイラン当局
に対し、核拡散防止条約(NPT)に沿ったイランによる原子力平和利用の権利を認
める。」といった趣旨の記載もあるようであり、これは、英仏独が民生平和利用原子
力技術でイランに協力するとということまで意味しているということをエルバラダイ
IAEA事務局長に語ったとする報道もあることから、残念ながら、我が国はそこま
で踏み込んでイランを説得することはできなかったとは思う次第です。

2.追加議定書では抜き打ち査察が可能?
 イラン問題で「追加議定書」がクローズアップされていますが、日本のマスコミが
つける追加議定書に付ける枕詞は、「抜き打ち査察を可能とする」とか「強制査察が
可能となる」といったものです。しかしながら、追加議定書に規定されているのは補
完的アクセス(Complementary Access)という行為であって、保障措置協定の査察
(Inspection)とは区別されて導入されたものです。追加議定書の補完的アクセスの
特長は、IAEAが疑義をもった場所については、ほとんど限定無く立入が可能とい
う点と、2時間又は24時間の事前通告で可能という点であり、行われる活動の中心
は目視観察と環境サンプリングといったことです。したがって、抜き打ち査察とか、
強制査察といった言葉が適切とは思えないわけですが、何となく分かりやすいという
ことなので使われているのだと思います。また、追加議定書の目的は、未申告核物
質、未申告原子力活動がないことを確認することなので、それを可能とするようなイ
メージとして抜き打ち査察とか、強制査察といった言葉が使われるのは、やむを得な
いのかもしれません。(ただし、外務省がホームページ上で追加議定書の説明を「未
申告の施設や活動による核物質の兵器転用を検知するため、直前の通告による追加的
な査察(いわゆる「抜き打ち」査察)、原子力活動確認のためのサンプリングといっ
た、これまでの保障措置協定では認められていない活動を行うことができる」と説明
しているくらいなのでマスコミのみを指摘するのは適当ではないかもしれません。な
お、保障措置協定の方の、アクセス場所が限定された通常査察に関しては、保障措置
協定の中に、無通告査察を行うことができるとの規定があります。)
 一方、そもそも、保障措置(Safeguards)という言葉も分かりにくく(なお、緊急輸
入制限措置については、マスコミは「セーフガード」とカタカナのまま使っていま
す)、マスコミでは核査察とか、保障措置(核査察)協定というような表現で用いられ
ることが多いようです。正確な公式用語と分かりやすい用語の使い分けは原子力に
とって難しい問題であると思います。


(参考)関連報道
■ 英独仏とイランの声明要旨 
 【テヘラン21日共同】イランの核開発計画に関し、同国と英国、フランス、ドイ
ツ3カ国外相が21日に発表した共同声明要旨は次の通り。
 ▽イランと3カ国外相はイランの核開発疑惑についての問題解決を目指した措置に
合意。
 ▽イラン当局は、核兵器を同国の国防ドクトリンに組み込む意思がなく、核計画は
専ら平和目的であると再確認。
 ▽イランは核拡散防止体制の堅持に取り組み、完全な情報開示の下、国際原子力機
関(IAEA)の要請に応えるために全面協力することを決定。
 ▽イランは信頼性向上のため、IAEAとの追加議定書に調印することを決定。
 ▽イランは自主的にすべてのウラン濃縮と再処理活動の停止を決定。
 ▽3カ国外相はイラン政府の決定を歓迎。
 ▽3カ国外相はイラン当局に対し、核拡散防止条約(NPT)に沿ったイランによ
る原子力平和利用の権利を認める。
 ▽IAEA追加議定書は、イランの主権を損ねる意図はないと確認。
 ▽議定書完全履行決定は(核開発疑惑という)目下の懸案解決を可能にすると確
認。
 ▽イランの決定は核開発計画に関し、全当事者が満足できる対話に道を開くとの認
識を伝達。
 ▽中東からの大量破壊兵器を一掃する体制づくりをはじめ、地域の安全と安定を促
進するためにイランと協力。 (共同通信社)

■ イランのウラン濃縮停止合意、実現すれば「前向きな動き」=米国
 [シンガポール 21日 ロイター] マクレラン米大統領報道官は21日、イラ
ン政府がウラン濃縮計画の停止に合意したことについて、これが実行に移されれば
「前向きな動きだ」との見解を明らかにした。
 ブッシュ米大統領のシンガポール訪問の同行記者に述べた。同報道官は、イランが
議定書に署名して、国際原子力機関(IAEA)に完全に協力し、ウラン濃縮や再処
理を放棄すれば、前向きな動き、と述べた。(ロイター)[10月22日8時26分更新]

■ 核政策に関するイランの動きは前向きの展開=米大統領
 [バリ(インドネシア) 22日 ロイター] ブッシュ米大統領は、核政策に関
するイランの動きは、「非常に前向きな展開だ」と語った。
 イランは21日、核施設に対する事前通告なしの査察を受け入れ、ウラン濃縮計画
を凍結することに合意した。
 同大統領は、当地での記者会見で、「イランは武装解除するべきであるという非常
に強い世界共通のメッセージをイランに届けたことに対して」、英仏独3カ国の外相
に感謝を表明した。(ロイター)[10月22日19時35分更新]

■ イラン核問題でIAEAと協議=欧州4カ国
 【ブリュッセル27日時事】英仏独伊の欧州4カ国外相は27日、当地で国際原子
力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長と会談、イランの核問題について意見を
交換した。
 欧州連合(EU)関係筋によると、先にイランを訪問した英仏独の3カ国外相は成
果を報告。イランが核問題に関する国際的な要求を満たす見返りとして、民生用の核
エネルギー開発計画で同国を支援する方針などを説明したという。会談に参加したイ
タリアは現在のEU議長国。 (時事通信)[10月27日23時1分更新]

■ <米ブッシュ政権>イラン政策に軟化の兆し 対話再開の姿勢
 米ブッシュ政権が、イラン政策で軟化の兆しを見せ始めた。米はこれまで「核開発
を狙うテロ支援国家」とイランを激しく非難していたが、アーミテージ国務副長官は
28日に上院外交委員会の公聴会で、イラン政府と対話の用意があることを言明。バ
ウチャー国務省報道官も29日、対話再開の姿勢を確認した。(毎日新聞)[10月30
日13時44分更新]


*****************************************************

PS:
ちなみに、小生は昔から感じているのですが、日本で使われている「保障措置」(英
語ではsafeguards)という専門用語は、どうも一般の人には分かりにくいので、例え
ば「核拡散防止措置」または「不拡散措置」というべきではないかと思います。元々
safeguardという言葉は、あるものを何かから守るとか防ぐという意味で、原子力の
場合、核物質等が核兵器製造に転用されることを防ぐという意味があり、査察
(inspection)はその1つの手段です。
一般人に分かりにくい言葉を惰性でそのまま使っているのは、「プルサーマル」とい
う語の場合もそうですが、関係者の怠慢であり、今からでも役所やマスコミは新しい
用語に改めるべきだと思いますが、皆様のお考えはいかがですか?
--KK