EEE会議(リビアの大量破壊兵器廃棄).......................................................................031221


すでにご承知のように、19日(日本時間12月20日)、「リビアのカダフィ大佐が同日夜、過去に大量破壊兵器を開発したことを認め、国際的な透明性を確保しながら同兵器を廃棄することに合意した」との発表が英国のブレア首相の緊急テレビ演説で行なわれました。ブッシュ米大統領も同日の記者会見で、「リビアが即時かつ無条件で大量破壊兵器の査察受け入れに合意した」と発表しました。

かつての「テロ支援国家」の急先鋒、リビアが核兵器を含む大量破壊兵器(WMD)開発・製造計画の全面廃棄、国際査察団の即時全面受け入れに踏み切ったことは、確かに歓迎すべきことです。

リビアのカダフィ大佐について直ぐ思い出されるのは、1970年代はじめ、トランク一杯のドルの現金を持って北京に乗り込み、周恩来に対して「これで核兵器を売ってくれ」と直談判し、断られるとその足でパキスタンへ飛び、プット首相(当時)に「この金でイスラム教国のために核爆弾を開発してくれないか」と持ちかけた、というエピソードです。この話は小生自身が1975年秋国連の代表としてパキスタンを公式訪問した際、カラチでブット氏と会談した際、直接聞いたものですが、これが「イスラムの核爆弾」(Islamic bomb)疑惑の発端です(後注)。ブット氏はその後失脚し、処刑されましたが、彼の悲願は20余年後の1998年夏のパキスタン核実験で実現したわけです。うたた歴史の因縁を感ぜざるをえません。

さて、今回のリビアのWMD開発・製造全面廃棄は米英との間で合意したものですが、リビア政府も同日、WMD廃棄を決定した旨の声明を発表、同時に化学兵器開発を進めていたことも確認しました。リビアは北朝鮮の協力の下に、射程を延長したスカッドミサイルの開発も行っていたことは周知の事実ですが、こうしたミサイルの廃棄も約束しているようです。

“Opposing proliferation is one of the highest priorities of the war against terror.
The attacks of September 11, 2001 brought tragedy to the United States and
revealed a future threat of even greater magnitude.”

ブッシュ大統領は発表の中で上記のように指摘、米国が、今回の廃棄決定を9・11同時多発テロに伴う対テロ戦争の枠組みの中でとらえていることを浮き彫りにしました。また、この措置により、リビア政府が再び国際社会において尊厳ある立場を占め、対米関係も改善することができるだろうとしています。

リビアのWMD廃棄発表に先立って、イランも12月18日、国際原子力機関(IAEA)の保障措置(核査察)協定の追加議定書に調印したとの発表が行なわれました。こうした一連のイラン、リビアの動きは、核拡散阻止へ向けた国際社会の強い圧力が奏功した結果とされております。 58年前に核兵器が誕生して以来、一度開発された核兵器が、当該国自らの意思で廃棄、解体されたのは1980年代末の南アフリカの先例が1つあるだけで、もし本当にリビアが発表通りの措置を執ったとすれば、きわめて画期的な出来事といえましょう。米国が主導する「拡散防止構想」(Proliferation
Security Initiative=PSI)も一見順調に進展しつつあるようです。(小生自身は、まだ若干腑に落ちない所があり、楽観していませんが。)
 
ところで、リビア、イランの次に米国がどこを見据えているのか? 北朝鮮であることは明らかです。 北朝鮮核問題を話し合う6カ国協議の年内開催の可能性は無くなり、北朝鮮は、依然として恫喝外交、瀬戸際外交を行っていますが、イラン、リビアのケースが「悪の枢軸」で最後に残った北朝鮮にどういう心理的影響を与えるか? 新年早々から予断を許さぬ状況ですが、日本も、いつまでも拉致問題に足をとられて、大局を見失うことがあってはならないと思います。
--KK


(注)拙著「日本の核・アジアの核」(1997年、朝日新聞社刊)の第4章、144ページをご参照下さい。