EEE会議(日本核武装論を考えるー英国型ラスト・リゾート核戦略のすすめ)
2003/6/18

各位

北朝鮮核問題に触発されて近時「日本核武装論」が再び盛んになっており、当EEE
会議でもしばしば議論されてきましたが、今般、森本 敏氏(拓殖大学教授)より、
極めて示唆に富むご意見を送っていただきました。同氏は、防衛庁、外務省のOBで、
我が国を代表する軍事、安全保障問題の専門家であり、テレビ等でも大活躍中の論客
であることは、皆様ご承知のとおりです。 なお、このご意見は近日発売の雑誌「諸
君!」に掲載される由。

同氏や、これまで当会議で表明された諸氏のご意見(ホームページに掲載)を基に、
この重要な問題をめぐって一層活発な議論が展開されることを期待しております。小
生としては、とくに森本論文の後段で、「日本の技術をもってすれば核武装が実現す
るのに余り時間がかからないという専門家が多い。しかし、現在、日本の科学・技術
に従事する専門家が核開発計画に協力するとは思い難い。」と述べておられる点につ
いて、原子力の専門家の方々の率直な反応を伺ってみたいと思います。匿名(ハンド
ルネーム)でも結構です。
草々
金子熊夫

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 日本の核武装論を考えるー英国型ラスト・リゾート核戦略のすすめ

                森本 敏(拓殖大学国際開発学部教授)

このところ国内の一部で核武装論議が盛んである。それも国内から自発的に出たので
はなく米国の日本核武装論が波及したものである。言うまでも無くこれは北朝鮮の核
武装に対応するパワー・ポリテイクス的議論である。本来、核兵器は人間が生み出し
た究極の兵器体系であり、その特質は通常兵器とは比較できない莫大な破壊力にあ
る。国際社会では核兵器は使用されうる究極の兵器であり政治力学の重要な要素を構
成するものとして扱われるが、日本人は核兵器を倫理・道徳的に捉えて核兵器は存在
してはならない不必要悪と考える。それが日本社会で健全な核議論が行われてこな
かった背景にある。不健全な議論からはしばしば歪んだ議論が生まれる。我々には
今、国際政治の現実と国家安全保障の観点に立って健全な核論議を起こすことが求め
られている。

核兵器は現代において使用できない兵器だという意見がある。確かに核兵器を使用す
るには相当に困難な勇断が必要である。しかし、国際政治や安全保障を考察する場
合、核兵器は使用されうるという前提に立って対応を考えなければ他国から核の威嚇
を受けるだけである。現実には冷戦後にテロが不法に核兵器を使用する可能性が高く
なっている。また、途上地域には核兵器の開発・導入に専念する国がふえており、核
兵器の拡散問題に懸念が広がっている。これは、核兵器を保有して影響力を拡大し、
地域的覇権を求め、あるいは体制の生き残りを図ろうとする意図を持つ国があるため
であろう。イスラエル・インド・パキスタン・北朝鮮は既に核兵器を保有している
し、イラクの核保有は防止できたもののイラン・シリアなど潜在的な能力を有する国
は多い。通常兵器の近代化は常続的な国防予算支出と国防産業・技術革新が必要であ
るが核兵器はひとたび保有してしまえば経費は通常兵器ほどかからない。さらに、核
兵器の小型化が進むと核兵器使用の敷居が低くなる可能性もあり、冷戦後にむしろ、
核兵器の脅威・リスクが増大しているということになる。であるからこそミサイル防
衛の有効性や是非を巡る論議が冷戦後に盛んになっているのである。

日本は従来から、非核三原則を堅持しつつ、日米同盟に基づく核抑止に依存して国家
の安全保障を確保してきた。しかし、非核原則の「持ち込ませず」という第三原則が
虚構であることや米国の核抑止が万全でないことは周知の事実である。他方、日本周
辺では地域国の核弾道ミサイルの脅威が現実のものになっている。北朝鮮は既に、弾
道ミサイルに搭載できる核兵器の開発に成功している。その弾道ミサイルは170基
以上が日本を射程内におさめる範囲内に配備されている。中国・ロシアとも日本周辺
に核兵器を多数配備している。こうした地域国の核弾道ミサイル脅威から同盟国や展
開米軍を防護するために米国が開発してきたのがミサイル防衛(MD)である。米国が
日本に対してミサイル防衛システム導入をすすめ、日本も真剣に配備を検討している
のは米国の核抑止だけでは万全でないからである。米国の核抑止によって地域国の核
弾道ミサイル脅威に全て対応できるのであればミサイル防衛は不要のはずである。し
かし、そうではなく日本のミサイル防衛網によって米国の抑止機能を補強する必要が
生じてきたためである。

核の脅威には従来、核兵器の先制攻撃に対する第二撃の核報復攻撃によって抑止を機
能させてきた。核報復による損害を先制攻撃による利益と比較すれば合理的に判断し
て思いとどまるより他はないというのが伝統的な核抑止理論である。しかし、テロや
一部国家は報復も恐れないし、合理的にも考えないとすれば、従来の核抑止理論は成
立しない。従って核攻撃には報復手段だけではなく、防御手段も必要となるというの
が米国の新たな核戦略である。ミサイル防衛はこの防御手段の重要な要素となる。よ
り深刻な問題はこうした状況変化のなかで新たな核抑止、拡大抑止の理論が確立して
いないことであろう。

他方、日本の場合は北朝鮮が既に核武装に成功していることを前提とした安全保障政
策を進める必要があり、ミサイル防衛は国家防衛にとって不可欠の手段である。ま
た、核攻撃に対応する手段としては核報復か、もしくは、通常兵器による先制攻撃し
かない。核報復という選択を取らないのであれば精密誘導兵器の開発・装備に努める
のが適切である。また、核報復を米国に依存するだけでは万全でないというのであれ
ば、通常兵器による先制攻撃手段を確保する必要があり、空中給油機、空対地・艦対
地の攻撃ミサイルを速やかに装備することが望ましい。巡航ミサイルも装備すべきだ
が、高精度の偵察衛星が運用できないと巡航ミサイルは十分有効にはならないので、
まず、やるべきことは情報衛星の精度向上である。核武装論はこうした手段を備えた
後に、それでも国家の安全が確保できないと判断した時の手段である。

その場合、米国との同盟関係や中国などの周辺諸国との関係をどのようにするかとい
う問題を処理する必要があろう。日本が核武装しなければならない場合とは、日本が
周辺国から明確な核の脅威、威嚇を受けるにもかかわらず、日米同盟に基づく核抑止
には完全に依存できず、しかも、NPTなどの國際約束や周辺諸国との関係に配慮して
いたのでは国家の存亡にかかわるという状況になった場合である。日本の技術をもっ
てすれば核武装が実現するのに余り時間がかからないという専門家が多い。しかし、
現在、日本の科学・技術に従事する専門家が核開発計画に協力するとは思い難い。最
も深刻な問題は日米同盟であり、日本が核武装するという選択を行った結果として日
米同盟が廃棄されるようなことになれば、むしろ日本の安全保障にとって有害にな
る。それではどうすれば良いか。その選択は米国の同意を得てポラリス搭載原子力潜
水艦の供与を米国から受けるという英国型核武装であり、日本がラスト・リゾート戦
略として核兵器を装備するというやり方であろう。そのとき日米同盟は始めて米英同
盟に限りなく近づくことになる。