050106 Re: 「わが国の高速増殖炉開発に関する提言案」(第4次案)について)  天野・豊田論争:  天野氏のコメント
 
昨年末(04/12/25)、天野牧男氏の「日本が存続していくために―高速増殖炉をわが国
の基幹技術にする意味」と題する論文(「月刊エネルギー」の1月号掲載)をご披露し
ましたところ、幾人かの方からコメントがあり、とくに豊田正敏氏からは「技術開
の現状認識にあまりにも誤りが多いと感じた」として批判的コメント(05/01/03 配信)
いただきました。これに対し、天野氏から再反論が寄せられましたので、ご披露い
します。ご参考まで。豊田氏の「EEE会議による政策提言の取り纏め方は非民主
的である」とのご批判に対しては別途後日お答えする予定です。
 
なお、最近EEE会議のメールを無断で第3者(非会員)に転送するケースがしばしば
あるようで、このた全くEEE会議とは無関係の人々から小生や特定のEEE会議
会員に直接メールをいただくことがありますが、これは明らかにルール違反で、甚だ
迷惑でありますので、今後EEE会議関係メールの無断転送は固くお断りします。
また、そのような事例を察知された場合は随時ご一報下されば幸いです。
--KK
 
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豊田様のコメントへの回答

1 小論の目的

私がこの小論で意図したものは、今この国の最も必要なことは、科学技術の振興であ
りますが、その一端を、エネルギーの面でその利用が期待される、ナトリウム冷却型
高速増殖炉を開発することによって進めることが、有力な手段ではないかという意見
の提起であります。
21世紀の世界の産業構造の動きなどから見て、わが国にとって科学技術の振興が最
大の課題であり、それを可能とする社会、例えば失敗をもっと許容する社会にしてい
く必要があります。これがないと21世紀の日本はかなり厳しいものになっていくで
しょう。一方エネルギーの確保の面で、強い関心をもたれているナトリウム冷却型高
速増殖炉は、高い貢献が出来る可能性があると考えられます。
この両者を結びつけることは、この国にとって非常に好ましいことであります。特に
世界がこのナトリウム冷却型高速増殖炉の開発から、手を引いている今こそチャンス
であります。勿論問題は山積していますが、だからこそやるべきで、この点について
関係する方々の認識を求めるものでありました。

2 21世紀のエネルギー資源

この時期に人類がウラニウムという、エネルギー資源を獲得したのは、極めて素晴し
いことであります。ただすぐ利用できるウラニウム235だけを燃焼させる、熱中性
子炉では資源の保有量は70年とか言われております。実際にはこの年数は増えるで
あろうと思いますが、兎も角100年のオーダーのようです。豊田様のご意見にはウ
ラン資源は21世紀中は充分確保され、価格も上がらないから高速増殖炉の緊急性は
少ないとありましたが、21世紀中はいいけど、22世紀にはなくなりそうだという
ような状態で、熱中性子炉に任せておくだけでいいとは考えられません。また石油な
どの資源も大体その程度の埋蔵しかないと言われております。一方自然エネルギーや
核融合を、実用のものにするのは、21世紀中では無理と思われます。
このように切迫した事情の中で、貴重な資源を有効に使うことは、人類としての大切
な責務であります。利用するための技術的な問題は解明されているのですから、力を
尽くして実現に努力すべきであります。これだけの新産業が簡単に出来るとは思いま
せんし、基本的な技術的問題のほかにも、実際の開発、実証運転、合理的なプラント
の設計、プルトニウムなどの国際管理、テロ対策などしなければならないことは沢山
あります。しかしだからこそ力を尽くしてその開発をしていくべきなのではないで
しょうか。
エネルギーに関して20世紀の人類は、石油という極めて便利な資源を手に入れ、そ
のおかげで、今日の経済発展をして来ました。しかし地球の上で、おそらく数億年掛
けて作られたであろうこの資源を、わずか50年で殆ど半分使ってしまいました。こ
の上にまた、自分だけあまり努力しなしで、ウラニウム資源の使いやすい所だけ使っ
て、後は知らないよとしてしまっていいとは、私には思えません。
前原子力委員の竹内哲夫様が、ひ孫さんから、「お爺ちゃんは何でも知っていて偉そ
うなのに、後々の心配を何もしてくれなかったの」と泣きつかれるのではないかと、
心配しておられましたが、(月間エネルギー1月号、「まずは懺悔し、後世のエネ安
保を考えたい」)同感であります。
資源の限られた地球上で、やれば利用できる資源を、少しコストが高いなどの理由で
廃棄するようなあり方は、現代の人類としてあまりにも情けない対応であります。

3 A‐BWRとのコスト比較

ここでのご意見は、開発される高速増殖炉は、A‐BWRに比べて高価であって、誰がそ
のような資金を出すと思うかということでありました。ナトリウム冷却型高速増殖炉
は二次冷却系も蒸気発生器も無く、一次冷却配管も省略しているA-BWRより建設費は
はるかに高くなるとのことであります。当然の話ですが、ナトリウム冷却型高速増殖
炉はナトリウムで冷却されております。このため炉心での出力密度は軽水炉の10倍
あり、原子炉本体が大幅に小型になっております。蒸気発生器でも、この効果は充分
出ております。またナトリウム冷却の場合、冷却系の圧力は、基本的に常圧であり、
原子炉容器や配管などの肉厚は1/4程度であり、これも物量の減少に大きく貢献し
ています。
蒸気発生器の設計はかなり高度なものでありますが、これは形式を早くに決定し、専
門の工場で、優れた自動機械によって製作するようなことによって、他の追随を受け
ないハイレベルな製品を、低減された価格で供給することは、わが国の技術をもって
すれば、それほど困難なことではありません。
従来のナトリウム冷却型高速増殖炉の大きな問題は、冷却配管にありました。18-
8系のステンレス鋼という最も熱膨張係数の高い材料を用い、500℃という高温の
流体を流すという設計要求は、非常にきびしいものでした。これでは、起動、停止時
の配管反力を制限値以下にする熱応力の設計や、配管の耐震設計が難しく、冷却系統
を長大なものにせざるをえません。当然ながら、コストの大幅な上昇をもたらしま
す。
先の私の小論に、その改善策の一例を、サイクル機構の許可を得て紹介しておきまし
た。ここで示したこういった各種の改善を行った結果、フェーズUでのナトリウム冷
却型高速増殖炉は、相当に競争力のあるプラントになっています。またこのフェーズ
Uのスタディで、新しい設計のナトリウム冷却型高速増殖炉のコストの評価もなされ
おり、現在の軽水炉に充分対抗できると報告されています。
このことの実現がそう簡単に出来るとは思えませんが、だからといって、おっしゃる
ような、ナトリウム冷却型高速増殖炉の大幅なコスト低減の見通しは全く無いという
のは、やや一方的なご意見ではないかと考えます。
勿論研究段階では、相当な費用がかかります。また十分掛ける必要があります。そん
な高いものに誰が金を出すかと言われますが、このナトリウム冷却型高速増殖炉が必
要なのは国であります。この型のエネルギー供給システムを持たなければ、この国の
将来の国家経綸の上で大きな障害が出てくるでしょう。この開発を怠れば、つらい思
いをするのは国であり、国民一人一人です。今わが国の政府も、議会も、この点に対
する認識がどうも足りないように思われます。だからこそ先の小論の最後のパラグラ
フに、推進の中心は国でという記事でしめくくりました。実際の開発に対しては、国
が主導的な立場を取れば、民間からの協力も得られるようになるでしょうし、またそ
うしなければならないと思います。しかしそこには国家の主導がどうしても必要で
す。

4 スーパーフェニックスの廃炉

どうも何故この問題について、ここで議論しなければよく分かりません。この『将来
を担うのは高速増殖炉』というパラグラフで言いたかったのは、一番先を進んでい
た、フランスが、スーパーフェニックスをやめてしまい、世界中殆どの国がナトリウ
ム冷却型高速増殖炉の開発から手を離してしまっています。この時こそ日本が単独で
開発をする意義が高まるということでした。原子力の反対論者たちは、欧米の各国が
やめるものを、何故この国でやるのかと言いますが、他の国がやらない時こそ、その
開発の効果は一層高くなります。
昨年末、丁度来日していたEFNのComby 氏が、日本は早く「もんじゅ」を再開すべき
だ。スーパーフェニックスのようなことにならないようにと、繰り返して言っていた
ので、世界の殆どの国がナトリウム冷却型高速増殖炉の開発から手を引いたという話
の上に、挿入として入れたものです。
しかしそれは違っている。フランスのスーパーフェニックスを中断したのは、政治的
な理由ではなく、技術的な問題に原因があるというご意見のようです。本当の事実は
知る由もありませんが、Comby氏などフランスの何人かの話や、2,3の文献、
例えばMichel Lung の Le Scandale de Superphenix などという資料を見まして
も、スーパーフェニックスを廃炉にし、急いで解体を始めたのは、政治的な理由であ
ると書かれてあり、スーパーフェニックスが廃止に追い込まれる前の1996年に
は、非常に順調な運転を続けていたとありました。
スーパーフェニックスに色々技術的問題があったことは聞いております。しかし、若
しスーパーフェニックスが廃炉に追い込まれた理由が、技術的なものであったとする
と、何故多額の費用を掛け、放射性を帯びた一次系のナトリウムの処置に困ったりし
ながら、解体を急いだのか、解せない感じがいたします。運転することが危険なのな
ら、炉を止めてゆっくり対応を考えてもよかったのではないかと思います。
お尋ねの中で4件ほどの、フェニックス及びスーパーフェニックスの技術的問題を取
り上げて、これらがスーパーフェニックスをとめた原因であり、それらの内容を説明
せよとありました。あの小論を書いたことで、どうしてそれらの内容について説明を
求められなければならないか、理解に苦しみます。また技術的な詳細を把握している
わけではありませんので、この為に時間をとられることはご容赦いただきたく存じま
す。
スーパーフェニックスなどで発生した技術的問題点は、当然わが国でのナトリウム冷
却型の高速増殖炉においても充分に検討されていることが大切であります。サイクル
技術機構のこの担当の方々に確認しましたが、既に充分な評価を行ったとのことでし
た。勿論今後も慎重な対処を行われると思います。

5 開発は重点的に

最も可能性の高いナトリウム冷却型高速増殖炉に開発対象を絞ることを期待するとい
う私の見解に対し、ご異論がおありのようですが、私は今度のサイクル機構のフェー
ズUのスタディをやるまでもなく、この型に絞って設計、開発にかかるべきではない
かと考えていました。研究開発費が限りなくあるわけではありませんし、研究人員に
も限りがあります。こういった場合最も大切なことは、開発対象を絞って、使えるだ
けの資源を集中的に使っていくことであります。勿論この体制で進む場合も、権限を
はっきり与えられた、識見と強力な熱意を持ったリーダーの存在は欠くことの出来な
いものであります。
このご指摘があった後、サイクル機構に対するお考え、また続いて他の次世代原子炉
との比較検討について触れておられます。ここでのご指摘は適切なものであります
し、技術だけではなく、社会からの受容性や核拡散抵抗性も考えて、選択すべきであ
るなど的確なご意見で、決定にはこういった問題への配慮が必要だというご主張もそ
の通りと存じます。
ただ限られた条件の中で、将来を見据えて開発していくには、方向の見定めと決断が
必要です。EEE会議の金子熊夫代表が、何か近じか電気新聞に土光さんの思い出の記
事をお書きになるようですが、問題があった時の土光さんの決断は的確で迅速でし
た。   
虎の威を借りるわけではありませんが、私の判断のなかには、こういった時土光さん
だったらどう考えただろうかなというのがあります。僅かではありますが、その謦咳
に触れたものとして、何か土光さんからそうだ、どんどんやれと言っておられるのが
聞こえるような気がしております。
この対応は勿論日本の場合であります。他の国がその国で方針を決め、わが国と違う
方策を進めていくことは、むしろ歓迎すべきことであります。最近のEEE会議の連絡
で、インドがトリウム炉の開発を検討しているとありましたが、結構なことと思いま
す。
以上
                                      
天野牧男