050126 「エネルギー地政学の胎動」  山地憲治氏の意見
 
山地憲治氏(東大教授、EEE会議会員)が昨日の電気新聞時評欄に「エネルギー地政学の胎動」と題する小論を寄稿されました。大変示唆に富むご意見と思いますので、ご本人の了解を得て、ご披露させていただきます。とくに28日午後の「原子力国際問題研究会」の初回会合に出席される方々は是非ご一読おき下さい。

--KK

 

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  エネルギー地政学の胎動  

                    山地憲治

 

日中関係がぎくしゃくしている。小泉首相の靖国神社参拝に対する中国政府の反発は強く、両国首脳の直接対話は阻害されたままだ。サッカー・アジア杯での反日騒動や中国原潜の領海侵犯などで、わが国の世論も中国への反感を強めている。李登輝・前台湾総統の訪日や尖閣諸島の領土問題も絡んで日中関係の雲行きは極めて懸念される状況にある。東シナ海での天然ガス資源開発など、日中関係の緊張はエネルギー問題にも大きな影響を与えている。

エネルギー分野での日中対立の構図は、東シナ海の資源開発のほかにも、シベリアからの石油パイプラインルート設定をめぐる軋轢やサハリン沖の石油・天然ガス資源の争奪など、地域全体に広がっている。これらはエネルギー地政学に大きな変化が起こりつつあることを感じさせる。

東アジア地域のエネルギー地政学を大きく変化させている主因は、中国のエネルギー需要増大、特に石油需要の急増である。中国の一人当たりのエネルギー需要はまだわが国の5分の一程度だが、人口が約10倍なので、エネルギー需要総量ではわが国の約2倍の規模に達している。特に石油については約10年前に輸入国に転じた後、自動車の普及に伴って需要が急増し、いまや中国の石油需要はわが国を上回って米国に次いで世界第2位、石油輸入量もまもなくわが国より大きくなることが確実である。つまり、既にわが国の約半分のエネルギー需要がある韓国も加わって、東アジア地域にエネルギー輸入大国が集結したのである。

中国は国内の安価で豊富な石炭資源をエネルギーの機軸とし、石油については大慶・勝利の2大油田を開発し、さらには新しい石油・天然ガス資源を求めて奥地のタリム盆地などでの探鉱・開発を進め、「自力更生」を図ってきた。しかし、いまや急増する石油需要に対処するためには世界からエネルギーを調達せざるを得なくなった。これは最近の石油価格急騰の構造的原因にもなっている。中国が、シベリアから大慶へのパイプラインを計画したのも石油資源確保のためである。

しかし、ロシアとしてはシベリアからのパイプラインの行き先が中国だけでは需要が独占されて交易上不利である。パイプラインの出口を日本海に求め、石油輸出先をわが国や米国を狙って多様化しようとするのは当然であろう。2004年末にロシアはわが国が求めていた日本海へ抜けるルートを優先建設することを決定した。

シベリアからの石油パイプラインの容量は日本海沿岸のナホトカを終端とするルートで年間約5000万トン、大慶ルートについては約3000万トンと報じられている。これに比べれば、最近新聞報道をにぎわせている東シナ海の天然ガス資源の規模ははるかに小さい。既に操業している平湖ガス田は年産5億m3(石油換算50万トン)であり、問題となっている春暁は周辺を含めても高々25億m3(同250万トン)といわれている。

エネルギー地政学では、エネルギー問題を国際政治構造の中で冷静に捉える必要がある。この点では、中国が大量の石油を輸入しなければならなくなったことで、中国とわが国に共通の利害が生まれたことに注目すべきである。今は対立ばかりが目立つが、冷静に見れば、日本と中国がエネルギー問題について協力できる条件が整いつつあると考えられる。これは、わが国のエネルギーセキュリティ確保に新たな戦略が生まれたことを意味する。つまり、シベリア・極東のエネルギー資源を東アジアで安定的に共同利用することである。この戦略の実現のためには、情緒的なナショナリズムに動かされやすい世論はむしろ危険な要素と考えなければなるまい。