050223  北朝鮮の核保有宣言とその余波: 各国の腹を探る


北朝鮮が「核保有宣言」を行なってから10日余が過ぎましたが、それが北東
アジアの国際政治にどうのような影響を及ぼしたか、という点になると必ずし
もはっきりしません。拉致問題に関する北朝鮮の「不誠実な対応」に激怒した
日本が、この核保有宣言のダブルパンチを食らって、いよいよ対北制裁措置に
踏み切るかと思われましたが、どうもその方向に直進する気配は見られません。
やはり、ここは複眼的思考で、周辺諸国、特に中韓両国、さらに米国の思惑
水面下の動きをしっかり見極める必要があるようです。今朝拙宅に舞い込んで
きたある国際ジャーナリストの分析が1つのヒントになるかもしれません。
この分析--とくに小泉政権の腹の中の分析--に小生が全面的に同調している
けではありませんが、頭を整理するうえで十分お役に立つのではないかと思い
ます。(下記の文章には所々小生の筆も入れてあります。)ご参考まで。
--KK
 
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<北朝鮮の核保有宣言とその余波>

 
▼核保有宣言が通ってしまった金正日

 ブッシュは1月20日の就任演説では「世界中の圧政国家を民主化する」と
大見得を切ったが、2月3日の年頭教書演説では「北朝鮮の核問題はアジア諸
国と協力して解決する」と柔らかいトーンに変化した。その一週間後の2月10
日、北朝鮮政府は、核兵器の開発と保有を認め、もう6カ国協議には参加しな
いと宣言した。

 この宣言について、アメリカからの政権転覆攻撃を招く自滅行為だと見る解
釈も多いが、実際にアメリカがその後とった行動は、北朝鮮に「6カ国協議の
場に戻ってくれ」と説得することを中国に頼む、ということだった。アメリカ
はもはや、北朝鮮が核保有国になっても、高官が「容認しない」と口を動かす
ばかりで、軍事攻撃など強行策によって止めるつもりはなく、北朝鮮の問題は
中国を中心とする周辺国に任せ続ける方針であることが、これで判明した。

 ブッシュ政権が北朝鮮の問題に首を突っ込みたがらないのは以前からのこと
で、北朝鮮は2002年末から核開発に関してアメリカを挑発する発言を繰り
返し、これに対してアメリカは問題の解決を中国に任せ、2003年夏に6カ
国協議をスタートさせた経緯がある。この傾向が行くところまで行ったのが今
回の事態で、金正日は、核保有を宣言することで、アメリカが攻撃してこない
ことを確認できる結果となった。

 北朝鮮は、核保有宣言と同時に、アメリカと直接交渉したいと主張したが、
アメリカが中国任せの態度を強化したため、アメリカはもはや脅威ではなくな
ってきたと判断したのか、アメリカとの直接交渉もしないと言い直した。

▼中国と韓国は6カ国協議がなくてもいい?

 北朝鮮との関係が比較的緊密な中国や韓国は、北朝鮮の核保有を何が何でも
食い止めようとはしていない。6カ国協議についても、中韓の政府は口では
「早く次の会議を開くことが必要だ」と言っているが、実際の動きを見ると、
中韓は6カ国協議が開かれなくてもかまわないと思っているように感じられる。

 北の核保有宣言を受けて韓国政府は「容認できない」と表明したが、盧武鉉
大統領は昨年11月、北の核保有を容認するような発言をしているし、韓国の
統一院は「北朝鮮が核兵器を持ったことを裏づける証拠がない」として、核保
有宣言を軽視するかまえを見せている。

 韓国政府は「核問題が解決されるまでは、北朝鮮に対する大規模な経済協力
はやらない」と表明したが、その一方で、北朝鮮経済を潤わせるために韓国が
政府の肝いりでやっている、38度線のすぐ北にある開城の工業団地の土地を
韓国企業に分譲する事業は、予定通りに進めることにしている。韓国は、北が
核兵器を持ったとしても経済が安定していれば、危険なことをしなくなると考
えているようだ。欧米資本家も、韓国のやり方に懸念を感じていないようで、
韓国の国債格付けは下がっていない。

 日本とアメリカは「6カ国協議が開かれないなら、北朝鮮の問題を国連に持
ち込む」と表明したが、中国は北朝鮮の問題は自国の影響圏内の問題であり、
欧米などの介入が増す「国際社会」の問題にはしたくないと思っており、国連
に持ち込まれたくない。そのため中国共産党は代表を平壌に派遣し、これを受
けて金正日は「アメリカが北朝鮮を攻撃しないと約束するなら、6カ国協議に
参加したい」と発言した。(中国と北朝鮮は社会主義国同士なので、外交関
係は党と党の関係になっている)

 金正日が「アメリカが態度を変えるなら、6カ国協議に参加する」と表明し
たことによって、北朝鮮と中国は「6カ国協議をやりたくても、アメリカが態
度を変えないので無理だ。悪いのはアメリカだ」と言える状態にしたいのだろ
う。こうやって時間稼ぎをしつつ、中国と韓国が北朝鮮の経済自由化を後押し
して成功させ、経済発展の軌道に乗せることが中韓の戦略だと思われる。

▼アメリカは北朝鮮への経済制裁に賛成せず

 北朝鮮が核保有を宣言したのは、ちょうど日本が北朝鮮に対する経済制裁を
発動する方向に動き出したときだった。だが、2月16日には、ベーカー駐日
アメリカ大使が日本の対北制裁について「(日本一国だけでなく)韓国、中国、
ロシアなどと協力して多国間でやらないと効果がない」と記者会見で語った。
韓中露は日本の北朝鮮制裁に協力するつもりはないので、ベーカーは日本の強
硬姿勢を批判したことになる。

 ブッシュ政権は、北朝鮮の核問題の解決を中国に任せているぐらいなので、
挑発的な言動をとる北朝鮮を許さないと言いながら、実は北とは戦いたくない。
イラクで軍事的に手一杯のブッシュ政権は、東アジアで新たな紛争を抱えたく
ない。北を挑発したくない以上、アメリカが日本の北朝鮮制裁に賛成しないの
は当然だった。ベーカーの批判が発せられるのと前後して、日本政府は対北制
裁を延期する方向に転換した。

 ここで湧いてくる疑問は、なぜ日本は北朝鮮を経済制裁したいのか、という
ことだ。すぐ思いつく答えは「拉致問題で北朝鮮に誠意ある対応をさせるため」
というものだが、金正日政権は敵視されるほど強情になる傾向があるので、日
本が経済制裁をすることは、拉致問題の解決を遠ざける結果になりかねない。
「アメ」を用意せず、経済制裁という「ムチ」だけでは交渉はうまくいかない。

 むしろ、最近の小泉政権が中国に対しても敵対姿勢を強めていることを合わ
せて考えると、日本政府にとっては拉致問題は名目でしかなく、北朝鮮や中国
との敵対関係を強めることの背景には、別の事情があるように思われる。

▼日本は実は東シナ海油田に関心がない?

 日本と中国との最近の敵対関係の一つに、東シナ海の石油・ガス田の問題が
ある。この石油・ガス田は、かなり前から中国が開発を進め、日本にも共同開
発を打診してきたこともあるが、日本側は一貫して開発には消極的だった。中
国側は、日本の経済水域内を含めた海底を測量し、石油・ガスがありそうな場
所のデータを集めているが、日本側は測量を実施していない。

 昨年、日本で急に問題が取りざたされ、日中がこの問題で交渉したとき、日
本側が中国側にデータを渡すよう求めたが、中国は拒否した。日本では反中国
の言論があふれたが、日本側としては独自の海底調査をおこなった上でデータ
を交換し、共同開発に入ることにした方が良かった。

 そうしなかったのは、日本政府が東シナ海の石油ガス田の開発には関心がな
く、中国との紛争そのものに関心があるからではないかと思われる。最近、尖
閣諸島の灯台が国有化されたが、これも尖閣諸島の問題が煽られることを防ご
うとしていた従来の日本政府の対応から一転しており、中国側との対立を煽る
目的がありそうだ。(外務省は外国との対立激化を嫌がるので、官邸主導の政
策であろう)

(日本は「200カイリ」の権利をもとに、東シナ海の石油ガス田に対する権
利を主張しているのに対し、中国は「大陸棚」の権利をもとに、同様の主張を
している。国連海洋法の条文を見ると、200カイリの権利よりも大陸棚の権
利の方が明確に書かれており、国際司法裁判所で日中が争った場合、中国が有
利になる)
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/7009/m0008333.htm

▼小泉首相の中国敵視政策の裏を読む

 中国は日本経済にとって重要なお得意様になりつつあるので、日本が中国と
敵対するのは得策ではない。中国敵視政策を続ける小泉首相には、財界や政官
界から大きな圧力がかかっているに違いない。それを押しのけて敵視政策を邁
進するという背景には、何か特別な言えない事情があるはずだ。その事情とし
て考えられることの一つは、以前の記事 にも少し書いたが、アメリカの軍事的
撤退に備えることである。

 先日、日米の防衛長官・外相会議で、米軍と自衛隊の一体化を強めるととも
に、台湾海峡有事の際に日本がアメリカに協力することがうたわれた。だが、
兵器のハイテク化によって地上軍の兵力が不要になるという名目で、米軍が世
界各地から兵力を減少させる大再編を行っている中で、日本に対してのみ、米
軍が以前より手厚く自衛隊と連携する方向に動くというのは、話が矛盾している。

 実際には、在日米軍はすでにかなりの部分がグアム島に移転しており、日本
の防衛は自衛隊に任せる方向に動いている。1970年代末から日本政府が在
日米軍の費用を一部負担していた「思いやり予算」がなくなり、代わりに米軍
基地を日本が管理するという方向の動きもある。自衛隊が「在日米軍」の名義
を借りて活動する傾向が強まっている感がある。現実には米軍は日本から出て
行くものの、それを出て行かないことにして、日米軍の「一体化」の形式を作
り、自衛隊が米軍の分まで担当する方向で動いていると思われる。
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20050220AT1E2000420022005.html

 韓国などでの例を見ると、アメリカはかなり早いピッチで世界各地から駐留
米軍を引き揚げており、軍事状況の急変による情勢不安定化をおそれる現地各
国政府の懇願により、撤退の速度をやや遅くしている程度だ。米政府は、日本
政府に対しても、急ピッチの在日米軍撤退を提案した可能性が大きい。ところ
が日本は平和憲法を持っているので、米軍の急撤退には対応できない。

 そこで、憲法を改訂するまでの間、米軍がまだ日本におおぜい駐留している
かのような「名義借り」の状態を続けるとともに、日本と近隣諸国の対立を煽
って日本国民の危機感を募らせ、米軍が撤退した分の経費増を埋めるための防
衛予算増や、米軍撤退に備えたその他の準備を、中国の脅威に備えるという名
目で進めるつもりなのではないか、というのが私の分析である。

 
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田中宇の国際ニュース解説 (2005年2月22日)
http://tanakanews.com/mail/