核の「多国間管理」が日本に迫るもの

   (日本経済新聞“プロの視点”、2005年2月7日)
    http://www.nikkei.co.jp/neteye5/sunohara/index.html

 今年3月、米民主党系のシンクタンク、カーネギー平和記念財団が核の世界的な拡散防止策を論じた報告書「Universal Compliance: A Strategy for Nuclear Security」の最終バージョンをまとめ、発表する。総括責任者であるジョセフ・シリンシオーネ(Cirincione)不拡散プロジェクト担当部長は3日、ワシントン市内の米軍備管理協会(ACA)で講演し、昨年6月に発表したドラフトをさらに充実させた報告書の骨子を以下のように説明した。

 <「現行体制では不十分」との認識>

  ・新たに濃縮ウラン、プルトニウム再処理工場を保有することを禁止する。
  ・原子力発電を望む国には原子力エネルギーに代わり、安定したエネルギーを供給する。
  ・世界規模での濃縮ウランの製造停止、およびプルトニウム抽出を一時停止する。
  ・核拡散防止条約(NPT)から脱退する国に対して、脱退後も条約規定遵守を義務付ける国連安全保障理事会決議を採択する。
  ・NPT脱退前に当該国家が入手した核資産の使用禁止措置を導入する。
  ・国際原子力機関(IAEA)の保障措置協定を遵守しない国との原子力分野での協力を中止する。

 「個別の国によるウラン、プルトニウム製造は止め、多国間による管理を目指すのが我々の狙いだ。(民主党の大統領候補だった)ケリー上院議員が当選すれば、この政策が採用されるのは間違いない。ブッシュ大統領が再選されたとしても、その外交・安保アドバイザーにきちんと提言する」。

 昨年11月に来日したシリンシオーネ部長とジョン・ウオルフサール副部長は日本政府関係者らと精力的に意見交換をこなし、茨城県東海村にある原子力施設を駆け足で視察すると、筆者にそう言い残して足早に帰国していった。

 年が明け、1月上旬――。今度は「世界の核の番人」と言われるIAEAのエルバラダイ事務局長が核燃料サイクルの構築を目指す国々に向け、5年間の事業凍結を呼びかけた。凄惨な大規模テロにつながりかねない核拡散を未然に防ぐため、濃縮ウランやプルトニウムの再処理施設について、今後5年間は新規建設を凍結するというのがエルバラダイ提案の骨子である。

 一部報道機関などに明かした構想の中で、エルバラダイ事務局長は今年5月にニューヨークで開かれるNPT再検討会議で、自らの構想を提案すると表明。同時に、将来構想として既存の施設を含めた多国間管理体制の導入も検討課題と指摘した。事務局長は昨年夏にも核燃料の生産から廃棄までを一貫して国際的な管理に委ねる構想を提唱しており、新提案はこの「焼き直し」とも言える。

 相次ぐ2つの動きの背景には、現在のNPTやIAEAの保障措置協定などを柱とする核拡散防止体制ではもはや、核の拡散は防げないという世界共通の危機感がある。事実、エルバラダイ事務局長は1月7日付の朝日新聞との会見記事で「NPTが(IAEAへの申告を前提に)各国に認めてきた核燃料サイクル技術保有の権利に、いくつかの制限をかけることが必要だ」と述べている。

<日本は世界が認める「理論武装」を>

 日本政府は青森県六ケ所村に日本原燃が建設中の使用済み核燃料再処理工場で、12月21日に放射性物質ウランを使った初めての稼働前試験を始めたことなどもあって、カーネギー報告書やエルバラダイ発言に対しての見方は冷ややかだ。

 唯一の被爆国でありながら、非核保有国では他に例のない大規模なプルトニウムの商業再処理を目指している日本の立場について、経済産業省のある担当幹部は「きちんとIAEAの査察にも協力し、透明度を保っているという意味を含めて、世界でも珍しい存在」と胸を張る。

 だが、米国を含め、日本の原子力開発の現状には依然として懐疑的な見方も消えてはいない。米国では、1977年に発足した民主党のカーター米政権が国内での商業再処理の凍結などを打ち出した後、日本にも再処理凍結を求めてきた経緯もある。1994年の北朝鮮による核危機以来、ワシントンでは「核のドミノ理論」にのっとって、ペリー元国防長官らが「北朝鮮が核武装すれば、日本も核保有に走る危険性が高まる」と繰り返し警告している。

 エルバラダイ構想の背景には、米国による再選阻止の圧力などを受けて苦戦している自らの三選を有利に運ぶ思惑も見え隠れする。しかし、米同時テロの悲劇以降、国際社会では核物質の拡散を「人類共通の脅威」と位置づける風潮が強まっているのは事実でもある。日本が今後も再処理プロジェクトをはじめとする「核の平和利用」を志向するのであれば、それなりの新しい「理論武装」が必要であり、世界に向けてその意図を一層明確に説明していかなければならない。そうしなければ、北朝鮮など強引な「新興核保有国」の無法振りを非難する土台すら失ってしまいかねないからだ。

 シリンシオーネ部長の期待も空しく、先の米大統領選挙では現職のブッシュ大統領が再選を果たし、「ケリー大統領」の誕生を阻んだ。共和、民主双方ともお互いに憎悪をむき出しにした先の大統領選挙の政治的後遺症も手伝って、民主党系のアドバイザーが提唱するアイデアをブッシュ大統領がそのまま採用する可能性は低いかもしれない。

 昨年12月、イラク開戦に疑問を唱えたエルバラダイ事務局長の続投問題について、「国連関連機関のトップが2期を超えて留任するのは適切ではない」という理由ながら、公然と反対論を唱えた経緯から見て、ブッシュ政権が同事務局長の提案をそのまま素直に後押しするとも思えない。

 しかしその一方で、北朝鮮に続いてイランによる核兵器開発疑惑が信ぴょう性を増す中で、ブッシュ政権としても手をこまぬいているわけにはいかないだろう。

 「危険な物質(ウランやプルトニウム)の移転を止め、それを突き止めるため、我々は世界60カ国の政府と核拡散防止構想(PSI)で協力している。北朝鮮に核の野望を放棄させるため、アジア各国の政府との緊密に連携している」。2月2日の一般教書演説で、ブッシュ大統領はこう述べている。その目線の先にどのような「次の一手」が控えているのか――。日本も安閑としてはいられない。

(提供:熱田利明氏)