050304  Re:「原子力はなぜ温暖化対策にはならないのか?」−−原子力エネルギー分析の例:ASPO (石井吉徳氏から): 武藤 正氏の意見

 
標記のメール(3/3 石井吉徳氏)に関し、武藤 正氏(元動燃核燃料部長、理学博士)からも次のようなコメントをいただきました。ご参考まで。
--KK
 
*************************************************************************************                                                               

John Busbyの論文について石井名誉教授のご紹介と小野章昌氏の翻訳及びコメントがありました。全体として私は小野氏のご意見に賛成ですが、第2点のご指摘に関連して、私の気付いたことを申し上げたいと思います。この点については、石井名誉教授も2005年1月12日付け論文「高く乏しい石油時代が来る」 で、『原子力発電のEPRは、この図で見る限り極めて低い。別の例では4.0という数字もあるが、これに対して、原子力関係者の言うEPRは、50と高いのである。この一桁の違いを説明することは、今後大きな意味を持つと思われる。』と書かれています。私自身、どなたかが、これを説明するのを待っていたわけですが、なかなか出てこないうちに、同様な指摘が出てきたので、これを書くことにした次第です。

EPRにこうした大きな差が発生しているのは、軽水炉に使われる低濃縮ウランを作る濃縮工場の前提が異なるためと考えています。資料が見つからないのですが、私の記憶では以前(確か原子力シンポジュウムで)当時電中研におられた内山洋司教授(現在筑波大)がガス拡散を使うか遠心分離を使うかによって、原子力発電のEPRに一桁程度の差が出ることを言っておられたと記憶しております。

以下の記述はわかりきったことを書くと思われる方もあるかと存じますが、原子力に少し疎い人も理解できるように書いてみましたのでご了解いただきたいと思います。

広島に落ちたウラン爆弾の濃縮法は、質量分析器の大きなものを用いた同位体分離法を使ったのはよく知られていますが、その後ガスの同位体分離には1930年代から利用されてきた『ガス拡散法』がウラン用の隔膜の開発を通じて米国で実用化されて軍事目的に利用され、続いて英、ソ、仏諸国でも軍用に用いられました。原子力の平和利用が始まり、軽水炉が低濃縮ウランを使うため、このガス拡散濃縮施設が平和利用にも用いられる様になった訳ですが、この方法は、ガスの圧縮等のため膨大な電力を必要とします。古い原子力ポケットブック(昭和52年版)のデータでは、11,470tSWU/yの濃縮能力(パデューカ)に要する使用電力は3,040MWと記述されています。この辺の話はいずれ専門家が詳しく紹介されることを望んでいますが、わが国最初の発電炉であるコルダーホール型炉導入の頃には、生産する電力よりも多くの電力を消費すると言う迷信が生まれまれており、原子力をやりたいと思っていた私自身は昭和31年秋に名古屋大学の講堂でそうした迷信を主張した某原子力委員の講演を聴いたことをよく覚えています。

一方、現在新しい濃縮工場は全て電力を僅かしか消費しない遠心分離法が用いられるようになっていますが、これも古くから原理は知られていたもので、ソ連に抑留されていたドイツ人のZ.Zippeの基本構想を基に旧ソ連でいち早く開発、1960年代前半には操業を開始して、1970年代からのソ連の安価な濃縮ウランの輸出の根拠にもなりました。しかし、ソ連が遠心法を利用していることは大分後になるまで知られておりませんでした。旧ソ連では、遠心分離法がガス拡散法に比べて電力消費がおよそ10分の1(現在はもっと小さいと思われる)であるという利点から、1992年までに遠心分離法への切替えを完了したということです(アトミカ)。遠心分離法はその後、英、独、蘭の3国共同の会社URENCOで開発され、1970年代末には英国の施設が運転状態になりましたが、URENCOの成功のニュースを受けてわが国でも旧動燃事業団が重電3社の協力を得て独自に開発に成功し、下北で利用されているのはよく知られているとおりです。

ただここで問題になるのは、こうした遠心法への移行という背景はあるものの、アトミカの1999年のデータを集計すると、拡散法が29,700 tSWU/y、遠心法が25,300tSWU/y (内ロシアが20,000 tSWU/y)になっており、解体核物質の利用等を考慮すると、恐らく現在用いられている低濃縮ウランの濃縮のオリジンを探れば、ガス拡散法によるものが大部分と思われます。従って、現状の原子力のEPRはそれほど高い値とはならないということになりましょうが、近い将来には、EPRが激増すると考えて良いと思います。ただ、John Busbyの値はあまり根拠が無いものと思われます。

以上