050313  Re:エルバラダイ構想を「多国間核管理構想」と呼ぶのは間違い)  吉田康彦氏の意見←シグナスX-1氏

標記メール(3/13  吉田康彦氏)に関連し、エルバラダイ構想をどう呼ぶべきかについて、「シグナスX−1」氏から次のような緻密なコメントをいただきました。ご参考まで。
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確かにご指摘のように、専門家報告書の中には次のような表現があります。

13. First, a word about terminology. In the view of the Expert Group, a distinction
should be made between the words “multilateral” (the broadest and most flexible
term, referring simply to the participation of more than two actors), “multinational”
(implying several actors from different States), “regional” (several actors from
neighbouring States) and “international” (actors from different States and/or international
organisations, such as the IAEA). The Group has been asked to address the
broadest possible options, and has thus explored all multilateral options, whether
multinational, regional or international.

しかしながら、

Multilateral について辞書で調べますと、
1 : having many sides
2 : involving or participated in by more than two nations or parties <multilateral agreements>
というように、立派に「多国間の」という意味も存在しています。

 
また、専門家グループの報告書には、下記のような用語が使用されていますが、これらは全て「多面的な」では意味が通じず、「多国間の」としか訳せないと思われます。

「multilateral arrangements」、「multilateral export controls」、「multilaterally-agreed export controls」、「multilateral plutonium storage」、「multilateral fuel bank」、「multilateral facilities or operations」、「Multilateral involvement (Label E). Multilateral options may also offer various levels of involvement for the participating States:」



ちなみに、エルバラダイ事務局長が、今回の構想を最初に提案した2003年のエコノミスト誌の表現は、下記のようにmultinational control.でした。

First, it is time to limit the processing of weapon-usable material (separated plutonium and high-enriched uranium) in civilian nuclear programmes, as well as the production of new material through reprocessing and enrichment, by agreeing to restrict these operations exclusively to facilities under multinational control. These limitations would need to be accompanied by proper rules of transparency and, above all, by an assurance that legitimate would-be users could get their supplies.

したがって、専門家の検討では確かにmultilateralはmultinational と違うといっていますが、それはむしろFive suggested approachesというようにしかまとめられなかった専門家グループのいいわけも含まれているからであって、エルバラダイ事務局長の意図としては、ここは単独の国の管理ではないという意味での「多国間」の管理だということであって、エルバラダイ構想という場合には「多国間」で何ら問題はないと考えます。

なお、「核管理」が適当でないということには全く同感です。

    シグナスX−1

 
----- Original Message -----
From: Kumao KANEKO
Sent: Sunday, March 13, 2005 8:54 AM
Subject: EEE会議(エルバラダイ構想を「多国間核管理構想」と呼ぶのは間違い)  吉田康彦氏の意見

皆様
 
第7回NPT再検討会議(5月2日からNYの国連本部にて)が近づくにつれ、エルバラダイIAEA事務局長のいわゆる「多国間核管理構想」(Multilateral Nuclear Approaches=MNA)が国際的に盛んに議論されており、我が国でも六ヶ所村再処理工場がこの構想の対象にされるのではないかということで関心を集めておりますが、この「多国間核管理構想」という日本語訳は適切でないという吉田康彦氏(大阪経済法科大学教授、元IAEA広報部長)のご意見です。ご参考まで。
--KK
 
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小生、とかく物議をかもすので滅多に発言しないようにしているのですが、目に余る誤謬、問題点だけは指摘するよう心がけています。

エルバラダイ構想を受けて最近、公表された専門家グループの報告に関して「多国間核管理構想」という日本語訳が定着したようですが、新聞の見出しならともかく、われわれ専門家が濫用・頻用すべきではないと思います。

報告書の原文ならびに扱っている内容は、”Multilateral Approaches to the Nuclear Fuel Cycle"で、アプローチの対象はあくまでも「核燃料サイクル」に限られており、「核(兵器)管理」ではありません。「核管理」と言うのは誤解を生みます。
 
もうひとつ、問題は multilateral の訳語で、これは multinational (多国間)とは明確に異なります。その点は、報告書でもきちんと定義してあります。英語で −lateral というのは、「側面」を意味し、multilateral というのは「多面的な」という意味で、通常「多角的」と訳されています。この場合、国家(政府)、私(民間)企業、国際機関などが相互に、あるいはさまざまな形で管理者・保証人として介在しているアプローチという意味で、まさにmultilateral なのです。過日来
日した Lawrence Scheinman 氏も、multinational (多国間)との用法上の違いを強調していました。「多国間」で管理するとは限らないのです。

日本語では、「多角的」が抽象的でわかりにくければ、カタカナで「マルチラテラル」とすべきで、「多国間管理」「国際管理」という訳には語弊があります。

吉田 康彦
E-mail:
yy2448@chive.ocn.ne.jp
URL:http://www.yy2448.com
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<金子の蛇足的コメント>
 
これは大変適切なご指摘だと思います。ついでに言えば、先日(2/15)「NPTとは?」というメールで小生が指摘したように、日本で一般化している「核保有国」、「核非保有国」という言葉も、NPTで定義されている「核兵器国」(nuclear-weapon State)、「非核兵器国」(non-nuclear-weapon State)と改めるべきだと思います。NPTでわざわざこのような言葉を使っているのは、原子力平和利用の「核」ではなくて軍事利用の「核」を対象としているからです。ところが日本で「核保有国」というと両方の「核」を保有する国という誤解を招きます。そもそも日本では平和利用の場合は一般に「原子力」=atomic、軍事利用の場合は「核」=nuclearと使い分けているようですが、これは日本でだけ通用する区別で、英語では現在は両方とも"nuclear"で、"atomic"は死語化し、めったに使われません。ちなみに英語でも初期はatomic bombs「原子爆弾」、atomic energy「原子力」と呼んでいましたが、1950年代初め水素爆弾が出始めてから、両方をあわせてnuclear bombs「核爆弾」、nuclear weapons「核兵器」と呼ぶようになり、その後「原子力」もnuclear energyと一般に表現されるようになったわけです。
 
日本だけで通用する言葉(訳語)は他にもいろいろありますが、誤解を招かないためにも、なるべく正確な用語を使ってもらいたい(とりわけマスメディアには)ものです。原子力に関わる人々は特に注意する必要があると思います。我々は「原子力開発」をやっているのであって「核開発」は関係ないと言って両者を峻別しているつもりでも、英語では混同されやすいからです。日本の原子力開発が進めば進むほど海外で日本の「核(武装)疑惑」が高まる原因の1つはこの辺にあるような気がします。もっとも、反原発論者からすれば2つの「核」を混同することによって日本人の「反核(兵器)」を「反原子力」に結び付けられるという利点があるのでしょう。
 
では、エルバラダイ構想を今後日本語でどう呼ぶべきか。「マルチラテラル原子力管理構想」と言えば一番正確なのでしょうが、ちょっとぎこちないですね。名案のある方はどしどし披露して下さい。
--KK
 
 
PS:
エルバラダイ構想(MNA)に関するIAEA報告書は2/25のEメールで詳しく紹介しています。EEE会議のHP(http://www.eeecom.jp/)のバックナンバーをご覧下さい。