050320   Re: 「日本の核不拡散政策と原子力平和利用外交に関する緊急提言案」(たたき台、3/16)について:  匿名希望氏のコメント
 
EEE会議の「原子力国際戦略研究会」で現在審議中の「日本の核不拡散政策と原子力平和利用外交に関する緊急提言案」(たたき台、3/16配信)に関して、ある会員(匿名希望)から次のようなコメントをいただきました。大変詳細かつ厳しいご指摘ですが、現役の専門家の意見として大いに参考になります。
 
なお、このメールの中段で言及されているEEE会議メールのバックナンバー2004年1月27日の「濃縮・再処理の国際的な制限について」は、実はこの匿名希望氏からのもので、1年以上経っていますが、大変示唆に富む問題提起であり、本件緊急提言案との関連で是非再読されるようお勧めします。EEE会議のHP(http://www.eeecom.jp/index2.hdml.html)に掲載されています。ご参考まで。
--KK
 
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 やや失礼な表現もあると思いますがお許しください。

■「発効して35年のこの条約は、近年とみに綻びが目立ち、もはや崩壊も同然との見方が少なくない。」

 提言なのでおおげさに書いてあるとは思いますが、NPTの綻びとは具体的に何かについて明らかにされた上で、崩壊も同然かどうかを指摘されるべきではないでしょうか。

1) イラク、リビア問題:
 これはIAEA保障措置の目をかいくぐって秘密裏の核兵器開発をしていたものですが、これはNPTの問題と言うより、IAEA保障措置の問題ではないでしょうか。この点に関しては、基本的には追加議定書で強化されたIAEA保障措置で制度的には基本的には解決されたものであると考えられます。なお、確かに、NPTは輸出管理の規定が弱く、最初のインドの核実験を止められなかったとの反省から、ロンドンガイドラインができ、NSGガイドラインに発展してきています。しかし、これは近年分かった綻びではありません。

2) イラン問題:
 これはまだ単なる疑惑なのか、本当に核兵器開発が行われてきたのか、確定されていない問題です。なお、NPT第4条で濃縮、再処理も含めた原子力平和利用を認めてしまっているのがNPTの綻びだ、と米国の一部は主張しているかもしれませんが、それは日本としては同意できない主張でしょう。

3) 北朝鮮問題:
 北朝鮮があのように一方的に脱退を宣言してしまい、NPTの規定上ではそれをどうしようもすることができない点は確かにNPTの綻びかもしれません。脱退の対応として、国連安全保障理事会の関与を具体的にNPTの規定に書いておくべきであったのかもしれません。ただし、NPTで義務化されている非核兵器国へのフルスコープ保障措置協定やIAEA憲章では、重大な違反があった時にIAEA理事会から安全保障理事会に報告される仕組みになっていたので、NPTの条約案文起草時にはそれで十分と思われたのかもしれません。

4) パキスタンのカーン氏の闇ネットワーク:
 確かにNPTは輸出管理、特に核物質ではない機器の輸出管理には十分な措置が規定されてありません。但し、これは前述のとおり、最近明らかになった話ではありません。なお、パキスタンはNPT非加盟国であり、NSGにも加盟していないので、濃縮技術・機器の輸出は、実は何ら国際約束違反を犯していないのではないでしょうか。なお、昨年の安全保障理事会決議1540では、このような取引を犯罪と規定していますが。


■「核兵器に関する唯一の国際法規範である同条約」

 CTBTなども核兵器に関する国際法規範であると思いますが、CTBTは発効していないのでカウントされないということでしょうか。


■「例えば、北朝鮮が全世界の非難を承知でNPT脱退を宣言した以上、法的にはこれに対して打つ手はない。唯一の対処方法は国際世論を喚起し、国連の安全保障理事会に本件を付託して制裁を決議することだが、常任理事国5カ国のうち1カ国でも反対したら決議は出来ない。イラン問題も同様である。」

 国連の安全保障理事会が北朝鮮のNPT脱退に対して制裁決議を行わないのは、国際世論が喚起されていないからではなく、制裁を発動した際の安全保障上の懸念を慎重に考慮しているからではないのでしょうか。もちろん、このような躊躇が、ヒットラーの台頭を許してしまった宥和政策と同じであってはまずいわけですが、形式的なNPT脱退問題と、実際に起こるかもしれない安全保障上の懸念のどちらを優先すべきかといえば、後者であるように思われます。但し、NPTの脱退規定は確かに不十分であると思います。なお、北朝鮮問題の安全保障理事会の制裁決議に関して、常任理事国の拒否権を示されていますが、実際には、6ケ国協議に参加している周辺諸国が慎重な対応を求めているのが現実ではないのでしょうか。
 なお、イラン問題は、まずIAEA理事会から安全保障理事会にあげるかどうかが検討されている段階であると思います。
 一方、イラク戦争は大量破壊兵器の保有懸念を大義名分にして開始されており(もちろん、米国の真の意図は、フセイン政権そのものの打倒にあったとか、石油権益問題があったとか、いろいろあるのかもしれません)、NPTの問題ではないかもしれませんが、現実には安全保障理事会の制裁決議以上の、具体的な軍事行動の発動という前例ができてしまっているのも事実であると思います。


■「核兵器は所詮使用できない無用の兵器とみるべきである。」「日本は、一方で米国の「核の傘」に依存しつつ、」

 核兵器は使用できない兵器と考えると、核の傘というものは虚構ということになると思われます。ところで、日本は本当に米国の「核の傘」の下にあるのでしょうか。確かに、日本は、日米安全保障条約を締結していますが、米国が日本のために核兵器を使用してくれるという外交約束が本当にあるのでしょうか。単に、核兵器を大量に保有している米国と安全保障条約を締結しているだけではないのでしょうか。


■「米国のブッシュ大統領は昨年2月、新規の再処理、濃縮施設の建設やこれに関連した資材・技術の輸出を制限する新国際核管理体制を提唱。片や国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長は、ほぼ同様の目的で「多国間核管理構想」(MNA)を提案し、当面5年間再処理、濃縮施設の建設を凍結すべき旨提案している。これに対し、当然ながら、非核兵器国側はNPT第4条で認められた原子力平和利用の権利を害するとして、つよく反発しており、」

 ブッシュ提案は、濃縮・再処理「国」を今以上に増やさないという、濃縮・再処理(水平)不拡散構想とでも呼ぶべきものであって、「新国際核管理体制」と呼ぶと、エルバラダイ構想との違いがぼやけてしまうと思われます。
 エルバラダイ構想は、本来は濃縮・再処理等の「多国間管理」でしたが、専門家グループは多国間管理というコンセプトだけでは反対が多いため「マルチラテラル・アプローチ」にしてしまい、それでもまとめられないと思ったエルバラダイ事務局長は今年になって、濃縮・再処理施設(どうも新規の国のことではなく、新規の施設のことの模様)の新設5年間凍結を言い出しているわけです。なお、このエルバラダイ提案に反発しているのは非核兵器国ばかりではなく、報道によると米国も反対している模様です。
 なお、両提案は、濃縮・再処理への何らかの規制ということでは「同様の目的」かもしれませんが、国の水平不拡散ということと、あらゆる国に門戸は開くが多国間管理ということは全く相容れないコンセプトであるように思います。


■「国際的な議論の帰趨を睨みながら、適切かつ積極的に対処して行くことが肝要である。」

 大変失礼ですが、これでは具体的には何も提言されていないように思われます。せめて、濃縮・再処理国の水平不拡散ということか、あらゆる国に門戸は開くが多国間管理のどちらが望ましいのかの見解が提示されるべきではないでしょうか。あるいは、別な案として、あらゆる国に門戸は開くが追加的条件(追加議定書発効、未申告活動なしとのIAEAの結論後、原子力政策立案過程の透明性、原子力平和利用限定の国内法、NPT脱退後も二国間原子力協定等に基づく保障措置が継続など)が必要というような第3の提案といったものも考えられます。(なお、これに関連する問題提起は、EEE会議のメールのバックナンバー2004年1月27日の「濃縮・再処理の国際的な制限について」でも行われましたが、反応はひとつも無かったようです。)


■「原爆60周年とNPT発効35周年のこの機会に、日本は従来の核不拡散政策と原子力平和利用外交のあり方を抜本的に見直す必要があると考える。」

 ここも失礼ですが、どのように抜本的に見直すべきかの方向性があまり示されていない印象を受けます。確かにNPT非加盟国のインドとの協力を行うためには、政策見直しがないと説明できませんが、NPT加盟国のベトナムとの協力については、特に核不拡散政策の見直しが無くても起用力は可能であると思われます。


■「核不拡散政策は国際安全保障政策の一環であり、NPTはそのための1つの手段であって、これだけを杓子定規に適用することが最善の策ではない。故に、日本は、もっと国際政治、とりわけアジアの現実を踏まえた、独自の、ダイナミックな政策を立案、実施すべきである。」

 ここも失礼ですが、どのように抜本的に見直すべきかの方向性があまり示されていない印象を受けます。特に、独自の核不拡散政策とは何でしょうか。核不拡散政策は、基本的には国際的に共通なものであることが基本であると思うのですが。なお、インドやベトナムとの個別協力といったものは独自政策でかまわないものであると思います。


■「無条件に日印原子力協力の推進を唱えるものではない。NPTに加盟せずとも、あたかもこれに加盟したかのごとく、核不拡散防止の面で一定の義務を負わせることは必要である。例えば、原子力供給国グループ(NSG)のガイドライン(輸出規制指針)の遵守などのほか、将来日本から移転されることあるべき原子力資材、技術等については厳に「平和利用」に限る等の約束を確実に取り付ける必要がある。そうすることによって、インドに当事者的責任感を持たせ、アジアにおける核不拡散と原子力平和利用の確保に協力させることの方が、現在の没交渉状態よりも遥かに現実的であろう。村八分的な疎外(disengagement)より積極的な関与(engagement)の方が建設的という発想に切り替えるべきである。」

 インドに負わせるべき一定の義務というものはどのようなものであるべきか、大変難しい問題です。インドからの原子力輸出にはNSGガイドラインを守らせろ、といいつつ、実は、NSGガイドラインを守ると、日本からインドには原子力輸出ができなくなってしまう、という現実があります。カーネギー報告書にあった、民生用(フルスコープ)保障措置というようなものであればよしとする可能性があるかどうかでしょうか。いずれにしても、現実には日本単独で決められる問題ではなく、米国も米印原子力協力を進めようとしているようにも見えるので、米国との意見調整が不可欠であり、それを指摘してもいいのではないでしょうか。


 以上は、言葉の厳密性の観点を重視しすぎていますので、対外的な分かりやすさやアピールの点を優先させるという方針であれば、そのように取り扱っていただければと思います。
 

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受信日時:2005/03/16 19:16:49 東京 (標準時)
Subject:  EEE会議:原子力国際戦略研究会の政策提言案(たたき台 03/16)

皆様

当EEE会議では、先般来「原子力国際戦略研究会」において、我が国の核不拡散政策と原子力平和利用外交に関する問題点を洗い出し、その一端を政策提言として取り纏め、公表しようという動きになっております。先日(3/9) の会合で、小生自身がその提言案(たたき台)を書くことになっていましたので、若干拙速ですが、一案を書いてみました。今後標記研究会でこれをべースにさらに議論を深めて行きたいと考えております。

つきましては、この提言案(たたき台)に関してコメントや感想のある方は、どのようなものでも結構ですから、どしどしお寄せ下さい。具体的な修正提案等はなるべく原案に赤字で書き込んで送って下れば幸いです。

なお、標記研究会の議事メモ(松永一郎・小川博巳氏担当)は別途取り纏め中で、近日中にお目にかける予定です。

金子拝