社説:日本とインドの距離を縮めよう              
     (日本経済新聞 2005/3/22)
 

 人口10億7000万人、国土面積は約330万平方キロメートル。人の数も土地の広さも日本の10倍を抱えるアジアの巨象が、その巨体を揺すって起き上がろうとしている。

 ライス米国務長官はアジア歴訪の最初の訪問地にニューデリーを選んだ。米国を筆頭に先進各国が対印関係を強めようと動き始めている。同じアジアの一員でありながら、これまで日本ではインドは「遠い異国」の感覚で語られることが多かった。日本はインド研究を深め、外交や企業戦略を研ぎ澄ませていくべきだ。

<改革継続で経済成長>

 インドは中国とともに新興経済大国グループ「BRICs」の一角を占める。名目国内総生産(GDP)は5700億ドル(2003年)で、およそ中国の半分の経済規模だ。物価水準を加味した購買力平価ベースのGDPでみると、世界1位が米国で2位が中国。3位の日本に次いでインドは4位となる。消費市場としても投資先としても、存在感の大きさと重要性は明らかである。

 共産党政権が素早く意思決定できる中国とは異なり、議会制民主主義の下で市場自由化と構造改革が漸進的に進んでいる。1991年の通貨危機で経済開放にかじを切って以来、ほぼ安定して経済成長が続き、2003年度の実質GDP伸び率は8.2%の高成長を記録した。

 昨年5月の総選挙では成長スピードを重視したインド人民党のバジパイ前首相が敗れ、農村対策や貧困層への配慮を掲げた国民会議派のマンモハン・シン首相が政権を引き継いだ。新政権のこれまでの政策運営をみると、外資参入規制の緩和や付加価値税(VAT)導入などを着実に実行に移しており、改革路線は後退していないとみてよい。

 中国とインドを「うさぎと亀」の競争に例える経済学者の説をインド国内で聞いた。工業化と高度成長を優先する中国に対し、インドはカースト制度をはじめ国内の伝統的な価値体系とグローバル経済との折り合いを、じっくりと模索しながら進んでいるという指摘だ。強力な政権の指導力による「跳躍」はないが、安定性では勝るという主張である。

 高層ビルが林立し、消費ブームに沸く中国の大都市と比べると、たしかにデリーやコルカタ(旧カルカッタ)の街の風景は混濁としている。路上生活者が多く、野良犬や交通の邪魔をする牛の姿も目立つ。

 だが、駆け足の経済成長は時として国民生活や金融市場にひずみを生み、貧富の差の急拡大や投資バブル、インフレなどの形で噴出することもある。歩みは一見遅いが、日本はインド経済の底流で起きている構造変化を正確に読み取り、両国に利益となる建設的な関係を築いていく必要がある。

 インドの変化を象徴する都市は、南部カルナータカ州のバンガロールだろう。コールセンターやソフト開発など、主に米国企業からオフショア・アウトソーシング(海外への業務の外部委託)が増え、現在は約2000社の情報技術(IT)企業と17万人の技術者がひしめく。

 ソフト技術者の平均年収が米国の4分の1以下というコスト優位性と共通言語である英語の利点をいかし、IT産業が当面インド経済のけん引役となるのは間違いない。その拠点であるバンガロール周辺には外国企業の投資が相次ぎ、ITだけでなく自動車や電機など耐久消費財の製造業の進出も目立ってきた。IT産業の成長力をバネに国民所得が増大し、消費の核となる中間層が育つことを期待しているからだ。

<中国視野に投資戦略を>

 仮に全人口の20%が乗用車の購買力を持つ中間層になると想定すれば、それだけで2億人以上、日本の人口の約2倍の消費市場がひらける。携帯電話や家電、パソコン、衣料品などで先行者利益を獲得しようと進出を急ぐのはグローバル企業として当然の戦略だろう。認知度が高い韓国企業などに比べ、日本企業の出遅れが目立つ分野でもある。

 アジア巡りをインドから始めたライス米国務長官の外交日程には、中国をけん制する政治的な意味が込められている。将来の東アジア共同体の実現に現実味が出てくる中で、中国が同地域で急速に存在感を強めることへの米国の懸念がにじむ。

 経済でも同じ力学が働くはずだ。日本企業の投資先が中国に集中しすぎれば、相手に対する交渉力は低下する。中国を視野に入れながら、東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係強化と同時に、インドへの投資と外交パイプの構築を戦略的に考えていくべきだろう。

 森喜朗前首相、自民党の安倍晋三幹事長代理に続き小泉純一郎首相も4月末に訪印する。東アジア経済が安定して成長を続けるために日印はどのような経済連携を考えるべきか。今こそ両国の距離感を縮め、具体的な議論を高めていきたい。