050625 「安全」について  〜米国産牛肉の輸入禁止問題の場合   柴山哲男氏提供

 
柴山哲男氏から次のような示唆に富むメールをいただきました。ご参考まで。
--KK
 
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 日経ビジネスの6月20日号に阿部修仁吉野家ディー・アンド・シー社長のインタ
ビュー記事が載っていました。食品の問題とは異なりますが、一頃の原子力の安全問
題にも共通する部分があると思いますので、少し長いですが、米国産牛肉の輸入禁止
問題に関する部分のみを引用しておきます。

 (前略)
ー 輸入禁止問題は厄介です。「得体の知れない化け物との長期戦を強いられてい
る」。これが率直な思いで、とにかくフラストレーションがたまりました。
ー 得体の知れない化け物?

ー 「論理的に正しい」ことを主張しても、それが何ら解決につながらない社会シス
テムですね。輸入停止措置が決まった当初から、私の主張は一貫して変わりません。
食べ物が安全か危険かは、科学で裏付けられた絶対的な基準で決めるべきであって、
何人たりとも曲げられません。一方、安心か不安かについては、人の情緒であって、
一人ひとり違います。ルールの作りようがないはずです。
 ところが、日本では、安全と安心が一緒くたになっていて、まともな議論がなかな
か始まらなかった、というのが私の認識です。「全頭検査で不安を払拭した」ことを
理由に、安全についてきちんと議論する場を誰も設けなかった。本来ならば、BSE
研究の先進国である欧州の見解などを参考に、客観的な機関も交えて議論すべきなの
だけれども、そうはならなかった。

ー なぜ議論が起きないのか。

ー いろいろな立場があるからでしょう。行政にしてみれば、国内でBSEが発生し
た時に全頭検査を実施したのに、今度は「危険部位を除けば安全」と逆の説明をしな
ければならなくなるのだから、当然ためらいがあったでしょう。マスコミの報道も不
安をあおる方がセンセーショナルになるし、ニュースを目にする消費者にも不安ばか
りが刷り込まれていく。ここぞとばかりに団体として運動を展開する人たちもいたで
しょう。言うまでもなく、誰かを責めるつもりは毛頭ありません。だからこそ、得体
の知れない化け物としか言いようがない。 
 ただ事実として、いろいろな要素が絡み合って、解決にこれほど時間のかかるはず
のない問題なのに、どんどん先送りされてしまった。すると今度は輸入停止という現
実が長引いたことで、輸入解禁という環境変化そのものに対する不安が生まれるとい
う、想定しようもない現実さえ出てきた。

ー ネガティブな方へ方へ、社会全体が無意識に誘導されていると。

ー そうです。こうなると、安全であっても、不安をあおられて意見が抹殺されてい
く。この1年間、不条理や理不尽さを感じ続けました。吉野家は内部留保があったか
らよかったのですが。家業レベルで焼肉店などを営んでいた人はある種の犠牲者です
よ。彼等はある時期から自分たちの主張ができなくなってしまった。科学的知見に基
づく安全論を声高に唱えるほど、信用不安を喚起してしまう事実に気がついたからで
す。
 結局、何も言わないまま、ダメージだけが蓄積して、去年の夏頃から力尽きて倒れ
ていった。こうした現実を目の当たりにして、社会という存在そのものに、ある種の
ひずみがあることを初めて感じましたね。

ー 体面、情緒、大勢追随と、この国の根っこにある部分に一気に取り囲まれた経営
者というのは、確かに数少ないのかもしれない。

ー 今、私が危ないなと思うのは、安心を求める意識が高まりすぎている点です。不
安に対してセンシティブになりすぎていて、火がついた時に止めようがない。火がつ
くと、不安をあおる側の論調が正義になって、是正する意見は糾弾されてしまう。
言ってみれば、「中世の魔女狩り」に等しいことがBSE問題で起きています。

ー 誰かがあいつは魔女だと言えば魔女、逆に聖人だと言えば聖人、心理操作に似た
ものがある。

ー 「安心」がマーケティングの道具になって売り上げを作っています。これは必ず
独り歩きします。たとえ危険な製品であっても、消費者が知らずにいるとすると、
「安心」と装飾すればまかり通ってしまう。モノの価値に占める比重を見ると、本質
の機能よりも、安心という装飾の割合が拡大しているように感じます。これは、お値
打ち感ある商品を作っていくという活動とは逆行するメカニズムです。そもそも真っ
当に商売している人にとって、安心は今に始まったことではなく、当たり前のことな
のに。

ー ルール、あるいは表示がしっかりとしていれば、消費者の選択として「食べる、
食べない」の自由があるのが成熟した消費社会の姿でしょう。

ー 食品の安全表示に関する偽装や詐称に対する罰則規制が甘いのは確かです。この
点は消費者が正しく選択できる環境を整えなければなりません。
 知っておいていただきたいのは、何も日本人だけが健康と生命を大事にしているわ
けではないことです。欧米人にも「安全なもの、健康的なものを食べたい」という観
念は強い。それでも、彼らは全頭検査なんて、むちゃなことは言い出しません。リス
クを分析して、食べ物にはゼロリスクはないとして、安全の基準を作ろうとしていま
す。一部の報道に見られる「諸外国は、日本人よりも安全にルーズだ」という報道は
本当に恥ずかしい。
 (以下略) 

柴山 哲男
shibayama@mvh.biglobe.ne.jp